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2011年10月30日 - 2011年11月5日

2011年11月 5日 (土)

有家町キリシタン史跡公園①~南島原市有家町

有家町桜馬場に、キリシタン史跡公園があります。少し分かりにくいので地元の方に尋ね

ながら行ってください。

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作られた経過は看板に書いてありますので読んでください。(クリックすると拡大します)

キリシタン墓碑には、無銘のもの、文様等が入ったものがありますが、向かって左側の墓

碑は無銘のもの。右側は文様等があり風雨で摩耗するため屋根がつけられています。


有家には昭和62年現在三十数基の墓の所在が確認され、その内17基がこの桜馬場に

確認をされていたのです。島原の乱後有家町等全員滅ぼされ、人がいなくなったために

天領から多くの人移住させられたたのですが、墓碑はその方々とは関係なく、放置された

のでしょう。溝のなかにうち捨てられたもの、道路の側壁として使用されたもの、古い家の

石垣に使われたものもあり、このままではと言うことで、散逸した墓碑を集め、このキリシ

タン史跡公園が誕生したのです。

よく、この墓碑が隠れ切支丹のものと勘違いされておられる方もおられますが、有家には

大なセミョナリ、(コレジオはいわゆる高等なものを教えるところ、セミョナリは初等科)があ

り、教会に付属する墓碑と推定されています。

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真ん中に文様があります。(各写真はクリックすると大きくなります。)

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類子(ルイス)の墓碑です。以前は説明版に書かれた文字が見れたのですが。いまはほと

んど摩耗しています。(県史跡指定)

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上の方に花十字が見えます。

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はっきりと花十字が分かると思います。


歳のせいですか、目がかすんできたので今日はここまで。

次は宝篋印塔に隠された隠し十字架から続けます。






2011年11月 4日 (金)

近代日本画夢の共演展~長崎県美術館

牛に引かれて善光寺参りではありませんが、妻に引かれて美術館に行きました。

私、自慢ではないのですが、小中学校通して美術は一回しか3を取ったことがありませ

ん。あとは2ばかりでした。でも、行くのを断ると離婚訴訟の時の理由の一つにされては、

と思いついていきました。娘も一緒3人です。

今の美術館昔に比べると良くなりました。10年ほど前は、美術館も博物館も一緒で、古び

た建物でした。人員も館長、総務課4名、学芸課は課長、館長兼務、係長1名、なんと学

芸員は1名あとは研修員1名。これが長崎県の(市ではなく県です)文化行政のの実情だ

ったのです。これでは、良い企画はできるはずがありませんでした。

第3セクター方式になり、博物館、美術館もきちんと分けられ、良い企画もされるようにな

りました。(福岡比べるとまだ不満はありますが・・・)

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本日は日本画展、私は、アンディウォホール、リキテンシュタインなどの現代美術の方が

好きなのですが。(福岡まで見に行きましたが)

しかし、私の好きな棟方志功が出品をされ、常設展の方ではダリ、ミロ、ピカソの絵がゆっ

くり見られたので、良しとしましょう。特にダリは良いですね。

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午前中は館の学芸員の説明。午後からは東京富士美術館(だったかな)の学芸員の講義

と。はやり専門家の話は聞くもんですね。なかなか、面白い話も聞けました。

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昼は、館内の食堂で取りましたが、腹の足しになるのが、サンドイッチ、パスタ、カレーと、

どちらかと言えば軽食系統でした。まあ、こんな上品なところで、カツ丼とか、餃子ライス

とかは似合わないでしょう。

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食後は、ケーキをひとつ。私は肝脂肪、コレステロール、血糖が高いため、ちょびっと分け

て貰いましたが美味でした。

ケーキ類のメニューを見るとなかなか充実しているみたいです。

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あっ、それから美人画は良かったな。色っぽくて。

かみさんと、娘とを見比べれば、とてもとても・・・





2011年11月 3日 (木)

四千万歩の男(井上ひさし)~やっと読了しました

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読み始めたのが、9月中旬頃、途中目がおかしくなったり、持病が出たり。また、老眼の

上、途中何冊かの本を併読したりで、やっとのこと読み終わりました。

題材が題材なので、難しい本かと思ったのですが、そこはそこ。ちゃんと、測量の方法、器

具、日記、書簡等ノンフィクションを交えながら、井上ひさし流の人情話、推理話、ユーモア話

を交えながら話が進んでいくので、飽きることがありません。なにせ、若き日の二宮金次郎

十返舎一九、葛飾北斎まで出てくるのですから。

ついでにと思って、こんな本まで買ってみました。

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これを見ると、伊能忠敬がいかすごい地図をあの時代作ったのか分かります。

とくに、現代のように「三角測量」また、精密な機械を使ってではなく、「導線方」という歩

測、間縄等で距離を測り、方角を定め一日分の測量記録を一枚の地図(小図)にまとめて

ったのです。ただ、それを補うために、「天体観測」「遠山仮目法」(遠山など目標を定め、

見えはじめから見えなくなるまでを何回となく計って位置を正確に掴む方法)を使ったそう

ですが、この地図を見ると、言ってみればそんな原始的な方法でこの地図を作ったのはまっ

たく見事なものです。

50歳を越えて(なんで50歳を越えて学問を修めたかは読んでください。ここは面白いとこ

ろです。)算学、天文学、暦学等を学び、56歳から72歳の時まで地球一周を超える距離

を歩いたのはまさに、驚異的な人物です。私なら、女遊びの方を選びますが。(金があれ

ば・・・)

ただ、惜しむらくは作者の井上ひさしさんが亡くなってしまったことです。

後書きで、「筆者は構想の七分の一をようやく越えたところで・・・やがてそのうちにこの小説

をふたたび書き継ぐことになりそうだ。希望的観測でなく、感知器がそう告げている。読者諸

賢よ、その時までお元気で。」と書いています。

何か、井上ひさしさんにおいてけぼりを食ったみたいで残念でなりません。






2011年11月 2日 (水)

橘公園の桜は今~雲仙市千々石町

あれだけ、桜の花が咲き誇っていたのですが、今はすっかり枯れ木、になってしまいました。

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誰も来ていなくて、静かなものです。しかし、これはこれで趣のある風景です。

枯れ木は俳句の題材にもなっています。

■斧入れて香におどろくや冬木立     蕪村

■逢ふ人のかくれ待ちゐし冬木かな       原石鼎

■裸木の誰もが触れたがるところ     藤本美和子

■父母の亡き裏口開いて冬木山      飯田龍太

■全山の枯れ木となりし静かかな     としを

■今日の日の空を支へて枯れ木かな      立子

■妻四十枯れ木枯原美しく         秀雄

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■低くとも空を目指して冬木立    sugikan

青空の下でみると、何かすっきりして、私の好きな風景の一つです。

数年前読んだ、なだいなだの本にこんな事が書いてあったような記憶があります。

なだいなだが桜の名所の寺に、咲き具合を電話で尋ねたところ、和尚さんから「桜はあな

たのために咲いているのではありません。花良し、葉桜良し、枯れ木もまた良し。いつでも

お越しください」といわれたそうです。

ただ、枯れ木と言っても冬芽は小さいけれど、しっかりと出てきています。

生ている力を感じます。

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女の方で、化粧落として素顔になると、ちょっと引ける人がいますよね。

桜は、今が素顔でしょう。でも、すっきりして好きですね。

花よし、葉桜良し、枯れ木良し。まったくその通りだと思います。

関係ありませんが私、熟女の方が好きですが・・・





2011年11月 1日 (火)

癒やしの小道~千々石川河川公園(雲仙市千々石町)

橘神社にはたくさんの方が来られますが、神社へ行く時に渡る軍神橋の下を流れる川に

沿って、橘神社から温泉神社に河川公園が作ってあります。

私の散歩道です。あまり利用している方が少ないので紹介します。

入り口の温泉神社です。反対から来ると出口になります。当たり前ですが。ここは雲仙に

ある温泉神社の分社になります。ちなみに昔「温泉」と書いて「うんぜん」と読んだそうで

す。ですから入浴する温泉と「温泉神社」とは関係がありません。

最初は千々石、吾妻、有家、伊左早(諫早)の四カ所に分社が建てられたので「四面宮」と

言われていたのですが、今は「温泉神社」という名称で十数カ所になっているそうです。

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ここが入り口です。左が温泉神社になります。すぐ横の川の中にカッパが。

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神社のすぐ裏に小さな祠があります。裏を見ると神様が祀ってあります。なぜ、祠の中に

入れてないのかよく分かりません。

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ここのところに、多分昔の鳥居の名前が掲げられた石ではないでしょうか

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「面宮」と書いてあるのが分かります。かけたところの部分の文字は「四」でしょう。当初は

「温泉神社」ではなく「四面宮」と言われていたのではないでしょうか。この向こう側にも同じ

ような割れた石があってそれには「四面宮」と読まれました。

ずっと川のそばを通りますが、川の音、滝の音、海の音、虫の声などヒーリングミュージッ

クとして効果があると言われてCDが出ていますが、本物はそれ以上心を癒やす物があり

ます。整備された道が続きます。

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川を見ると所々に飛び石が、使われているもの、使われていないものあるようです。

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ここの桜綺麗なのですが、あまり人が来ているところを見たことがありません。もったいな

い。この先の橋は車で通ると上からは分かりませんが、アーチ橋です。1928年に作られ

ています。

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一回道に出てまた、河川公園の道に戻ります。

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河磯橋。橋脚や床の部分を石でつくって、大水の時橋の上を水が流れるようにしてありま

す。1902年に作られています。

ここを過ぎるとすぐ橘神社の軍神橋の下にでます。道の右はしだれ桜です。春になると綺

麗な桜をみせてくれます。

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軍神橋は工事中ですが、上の方は歩いて通れます。ここの橋の下の桜が一番綺麗でしょ

う、上から見る桜も乙な物です。ライトアップもして夜は綺麗です。

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橘神社に着きました。お疲れ様でいた。

ぶらぶら歩いても15~20分程度です。天気が良かったら、歩いてみてください。

癒やされること請け合いです。









2011年10月31日 (月)

岳棚田収穫感謝会~雲仙市千々石町(棚田100選)

昨日、日曜日、日本の棚田100選で選ばれた(清水棚田)がある岳地区で収穫感謝祭

がありました。ところが、前日の土曜日は雨、おまけに風が強く吹く天候。

当日も不安定な天気で朝早くからも強い雨。天候が天候なので中止と思って出かけてみ

ましたが実施と言うこと。

特産品等の販売と、イベントがあるはずだった、刈り入れの終わった田んぼも、びしょ濡

れで場所を変え公民館(前小学校分校)で実施されました。

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特産品の目玉はなんと言っても 棚田米、海抜400メートの冷気と、清冽な水で育った米

です。私の家は早々と30キロを4袋、玄米で買い占めています。家庭用の精米機で精米

し、毎日おいしいご飯を食しております。

よさこいのグループが4組ほど来ていたのですが、この日かわいそうだったのが、この

方々。

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足下を見てください、雨でびっしょり濡れているのが分かると思います。おまけに、踊って

いるときに雨脚が強くなったりで、大変でしたが気合いを入れて踊っていました。イベントも

雨のため何組かは中止なったのが残念でしたが。

販売の方も雨の中でテントを張って実施。

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地元で取れた野菜は格安でした。いもけんぴ、米のドーナッツ、餅、ピサの体験、ゆず等

もりだくさんでした。お客さんも悪天候にしては時間をおって段々増え、ぼちぼちの出足。

わたしは、昼頃帰ったのですが、昼からはやまめのつかみ取り、棚田米があたる抽選

会などもあったようです。

帰りがけ、田んぼの中を見ると本来の会場であったところのテントがひっくり返って、支柱

も曲がってしまっていました。

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役員、スタッフ、出演者の方も大変だったと思います。お疲れ様でした。来年は晴れるよう

にお祈りします。

来年は是非皆様もお越しください。

2011年10月30日 (日)

この一曲~ブルースマーチ/アートブレーキー

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1955年から1967年。NHKTV{(もちろん白黒)で「私の秘密」という番組を放送していまし

た。

第1代目の司会者が高橋圭三。「事実は小説より奇なりと申しまして、世の中には変わった

めずらしい経験をお持ちの方がたくさんいらっしゃいます。」というオープニングの言葉ではじ

まる番組でした。著名人が出演者の特技などを当てる番組です。多分、第2代目の司会者

の八木治郎の時だったと思いますが、このアートブレーキが日米親善文化大使として出演し

たのです。

時間の関係で少ししか演奏でしませんでしたが、それから2~3日してラジオでこの曲が流れ

ていたのです。その時何というか背中に「ぞくぞく」するものが来たのです。

私はその瞬間、理科少年(理科部で学年トップ近くの点を取っていました)から音楽少年に変

わっていったのです。中学校の3年2学期の事でした。


それから、音楽と離れることがなく、高校ではクラリネット、トロンボーンを吹き、当時できた

ばかりの市民吹奏楽団に入り、暇なときは(時に学校をサボって)「ブルーストーン」というジ

ャズ喫茶に出入りしていました。

東京に出てからは、学生運動に巻き込まれ、一時楽器は離れたものの、新宿の「PIT INN」と

いう同じくジャズ喫茶に入り浸りでした。

社会人になって、もう一度音楽をやりたく、サクソフォーン、バンジョー、フラットマンドリン、ハ

ーモニカ、ギターはプロの方に習ったのですが、全部ものになりませんでした。今は性懲りも

なく気楽にウクレレを楽しんでおります。


いま、このレコード(CD)を聴きながら書いていますが、あの頃が思い出される一曲です。

この曲に出会わなければ、ノーベル科学賞でも取っていたと思うのですが・・・

人生の変わる瞬間って本当にあるのですね。この曲に出会わなければ、そして、かみさん

に出会わなければ、もう少しは良い人生を送れたと思うのですがcoldsweats01








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