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2011年8月14日 - 2011年8月20日

2011年8月20日 (土)

猪・鹿・猿・カラス

下の写真何か分かる方は、少し田舎に住んでいる人。

P1030900

線が2本平行に走っているのが分かると思いますが、これに電流が流れているのです。

ここ数年の異常気象のせいか、山に食べ物がなくなって、猪が下まで降りてきて畑を荒ら

すのです。その、対策の一つ。この方法が効果があるということで、あちらこちらにの畑に

設置されています。

この写真の所はそんな山側の所ではなく、すぐ横には中学校があるところです。猪はか

なり下まで降りてきているようで、特に芋類の被害がひどいそうです。


猪退治については長崎県対馬に陶山訥庵がおり、江戸時代、猪の被害に苦しんでいた島

民のため作戦を練り、なんと8万頭の猪を退治したそうです。

ただ、現在は対馬では鹿が天然記念物のため、捕獲ができず植林の木を角で傷つけ、

困っているそうです。もっとも言わせる人に言わせると「鹿が住んでいたところに人間が植

林をするからだよ。」とも言っていました。


さて、先日町内放送があっておりました。「猿が見受けられたそうです。猿を見たらいたず

らをしないように、えさをやらないように、目を合わせないようにしてください。」

最後の文句が何とも言えませんね。「目をあわせないように。」

私の事務所が2階にあるとき、窓の所を電線が数本走っていたのですが、両手、両足を使

いながら猿が歩いているのです。びっくりしましたね。実に悠々と歩ていました。

猪が出る、猿が出ると言っても、住んでいるところは、わっと言うほど田舎ではないのです

が・・コンビニも3軒ありますよ。


私の畑もカラスに荒らされ、トマトがだいぶん囓られました。飛んでくる方向を確認して、透

明の釣り糸を張ったのですが、今度は別の方向から、そこをふさぐとまた別の方向から、カ

ラスは頭が良いと聞いていたのですが、本当ですね。漁師の人が、ふぐの肝を海岸に置い

ていたところ、カラスだけが食べなかったそうです。

なにか、良い方法はありませんか?

人間と動物の関係はなかなか難しいですね。共存できる方法はないのでしょうか。

そういえば田んぼのジャンボタニシも気になります。

P1030458


誰か思いきって試食をされる方おられませんか?






2011年8月19日 (金)

反省~カバおばちゃんの思い出

今日のブログですが、ここ数年水泳の季節が来ると心が痛む話をします。

カバの写真を撮ってこようと思ったのですが、孫2人遊びに来ているので、動くことができ

ず本日は写真抜きでおこないます。なぜカバの写真かって?最後まで読んでくだされば分

かります。


実は私は泳げないのです。

小学生の時は、一クラス50名それが10クラスくらいだったか。それが、1年から6年まで。

水泳の授業はどこのクラスともダブっているので、芋の子を洗う状態。水泳を教える状態で

はなかったのです。

小学校4年の時転校したのですが、プールはなし。中学校もプールはなし。もっとも、あの

時代はバスケットもバレーも運動場でやっていたものですが。とにかく、水泳を習う機会が

全く無かったのです。


中年になり、ジョギングしていたのですが、膝を痛め走れなくなったので、水泳が良いとい

う話を聞き、スイミングスクールに行きました。

私のクラスは全員が女ばかり、前田美波里とかアグネスラム(言うことが古いね。)のよう

なグラマーな女性がいると期待したのですが、水の中で見るとカバのようなおばちゃんば

かり。「あ~来なければ良かった。」と思ったのですが、そのカバおばちゃんの一人がクラ

ス全員の中で私に向かい「あら、男のくせに泳げないの」と言ったのです。

私も若かったせいか「えっ~カバのくせに泳げないんですか。」と思わず言いかえしていま

した。

カバおばちゃんは、唇をかみしめ、うつむき、ゴーグルをしていたので分からなかったので

すが泣いているみたいでした。


数十年前のことですが、水泳の季節になるとあのことを思い出し、心が痛みます。

人間やはり、人を傷つけるものではないですね。

昔のえらい人が言っています。「右の頬を打たれたら、左の頬を出せ。」今にして、心に響く

言葉です。あのとき笑って誤魔化せば良かったのですが・・・

皆さんも、人を傷つけるのは止めましょう。一生自分の心に残ってしまいます。

ごめんなさい、カバおばちゃん。







2011年8月18日 (木)

神社での作法

この間、いつもの道を歩いていたら、家を建てるためでしょう。地鎮祭をおこなっていました。

P1020868

見ていたのですが、気になることが一つ、玉串奉奠(たまぐしほうてん)で皆さん何となくどうし

てよいか、迷っている方が多かったのです。

わたしも、最初玉串奉奠をしたとき、どうしたら良いか分からず、結局前の人がするのを見

て、真似をしたのですが・・・(^-^;


さて、私の近くに神社が2つあり、良く行くのですが、間違った作法も良く受けられます。

ここで、ひとつ正式な作法を知って、びしっと決めようではありませんか。

といっても、説明するのが難しいので各説明がしてあるネットにリンクしますので参考にしてく

ださい。

全般的な解説。

手水の作法、拝礼の作法、玉串の作法。

玉串奉奠の作法

少しずつ違うところもありますが、これで参道の歩き方、手水の作法、礼拝の作法、玉串奉奠

と困ることはないと思います。

彼女(彼)と初詣でなど神社に行ったとき蘊蓄をかたむけながら格好良く決めてください。

なお、葬式の焼香の仕方も、テレビなどでは抹香を額にいただいて香炉に入れているみたい

ですが宗派によって違いがあるそうです。これも一応知っておいた方が良いのでは・・・

焼香の作法。




2011年8月17日 (水)

論所原~北有馬・エコパーク

小浜町にある国民休暇村から雲仙に至る山の中腹を走る道路があります。国道389号線

になります。

雲仙に至る途中に「論所原」という名のところがあります。最初地名を聞いたときえらく珍し

い名前だと思いました。「ロンショバル」カタカナで書いてアクセントを少し変えると、何となく

フランス語みたいで面白いなと思ったのですが、実は「論所」という名前は日本各地にもあ

るのですね。

ようするに、昔は村と村の境目が今のようにきちんとしてなく、「ここは俺の所だ」「なに言う

かじいさんの時から俺んところが使ってたよ」と「論じる」と言うより、喧嘩をしたのでしょう。

今の国境争いと一緒です。誰の原っぱか論じた所だから「論所原」どちらの川か論じる

と「論所川」どちらの坂か論じると「論所坂」。

この国道を走ると、「雲仙市」と「南島原市」の標識が目まぐるしく変わります。少し行くと

「雲仙市」の標識、少し走ると「南島原市」の標識、また「雲仙市」と思ったら「南島原市」面

白いくらいです。ここが「論所原」という意味がよく分かります。確かに、どちらの所かはっき

りしなかったのでしょう。(昔は小浜町、南串山町、北有馬町だったかな?)

他町のことですが、今でも、山の中の町境が分からず、両町出て調べたが結局分からない

ところがあったそうです。

この論所原に、エコパーク、オートキャンプ場ができています。

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手入れも良く、実に気持ちが良いところです。

センターハウスです。すごく雰囲気がありますね。

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羊さんもいます。

オートキャンプ場です。綺麗で施設も整っているようでした。

P1030533_2

ここで、夕日を見たら素晴らしいだろうなと思われます。と思ったら、

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ちゃんと夕日の丘もありました。秋の夕日がきれいなときにまた来て、ゆっくり過ごしたいも

のです。そのときは、写真をアップしますね。



2011年8月16日 (火)

初盆・雲仙吾妻町

昨日は吾妻町の義姉の初盆でした。朝から雨、4時に嫁ぎ先に集合。雨はひどくなるばか

り。6時くらいになってやっと少し明るくなったので墓に行って飾り付け。

飾り付けがしてあるのは初盆の所だけです。

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親戚一同集まると、誰が誰か分からない人がいて・・・・

P1030854


長崎の方は知っていますが、長崎のお盆は賑やかで、他県から来る人は墓で花火をして

いるのを見てびっくりした人がいました。息子の嫁も沖縄ですがびっくりしていました。

長崎では当然なのですがね。

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子どもの頃はこれが楽しみでした。そして、爆竹の音。単発でならす方法もありますが、

地面に、爆竹をこずんで(長崎弁ではうっこづんで)ならす方法もあります。後始末が大

変なのでバケツの中に爆竹を何十個分と箱から出して火をつけます。

とにかくすごい音。小さな子どもは泣き出すのもいます。近くでいると耳が変になります。

皆さんは真似をしないように。警察が飛んできますよ。

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墓の中の義姉も賑やかで喜んだことでしょう。

長崎市内の精霊流しははもっとすごいですよ。友人のお母さんの時は、爆竹代だけで10

万円ほど使ったそうです。(これ本当)


2011年8月15日 (月)

豊年満作だよ・千々石

どんどん、稲が育ってきています。このまま順調にいけば豊年満作でしょう。

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人間で言えば青年期にあたりますか。

さて、あちらこちらの田んぼの中にこんなのが見受けられます。

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このお札は、千々石の温泉神社から各家庭に配られるお札です。

農家では田んぼに立て、豊作を祈ります。下のお札です。

ちゃんと、ビニールに入れて立ててありました。

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わが家では田んぼを持たないのでどうしたものか・・・


便所の神様がおられるように、日本には八百万(やおよろず)の神が、おられるということ

ですから、神様がおられないところの方が少ないのでしょう。田んぼの神様もちゃんとおら

れるのです。

八百万の神様がいながら、喧嘩をしていないところを見ると人格円満ではなく、神様です

から「神格円満」とでも言う神様ばかりなのでしょう。



この札を見れば、日本人は人間を超える何者かを本気で信じる人種なのでしょうね。

さて、これから大きな台風が来なければ良いのですが。

東北の米も問題になっているようですが、何か救う方法はないのでしょうか・・・

今日は、義姉の初盆で疲れましたのでここらでおやすみなさい・・・







2011年8月14日 (日)

原山支石墓群~北有馬町

この間、休暇村雲仙この事を書いたが、あと15~20分車で足を伸ばせば縄文文化時代

の墓の実物が見られる。一般的には原山ドルメンとも呼ばれる(ドルメンは英語で支石墓

のこと)原山支石墓群である。ここ一体は開墾地であり、その折発見された支石墓群であ

る。

第1群、2群、3群とあるが、第1群は開墾によって失われたらしい。第3群が公園化され一

般公開をされている。この奥の方に支石墓群がある。

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支石墓とは死者を葬り、石を支えとし上にに大きな石を乗せた墓のこと。

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調査をしたところこの下は、土坑(土をくぼめて穴をつくる)、又は粗製箱式石棺だったそう

である。甕棺をが入っていたものもあったそうだ。

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上の石が取れているところもあり、大きさ深さは50~60cmくらい。とにかく小さい。入れ

るのは屈葬であり、かなり無理に詰めたのだろう。後は支石を置き大きな石で蓋をする。

ここ一体は、開墾畑であるが石器、土器がかなり出土したらしい。

多分縄文時代~弥生時代かなり大きな集落があったのではないかと推察される。

また、支石墓は中国、朝鮮半島に分布していることから、どう関係があったのか?

ここへ来て、その頃のことを思うのも良いのではないでしょうか。ひょうっとしたら、あなたの

祖先もここで暮らしていたかも。

ここへ来るのは、道は良いのですが、少し分かりにくいところがあるので、地図で確認して

ください。





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