この一曲~アタワルパ・ユパンキ/牛車にゆられて
晩秋の夜。レコードジャケットからレコードを取り出す。
レコードスプレーをかけ、ゆっくりとゴミを拭き取る。慎重にターンテーブルに置く。レコー
ド針を注意して載せる。スピーカーのボリュームを上げていく。
ユパンキのギターの前奏が流れる。僕らは、もう、パンパ(大草原)の中、牛車に揺られて
いる。ゆっくりした風の中だ。ユパンキの、大地からわき出てくるような豊かな声で歌が始
まる。そこはユパンキの世界。
ユパンキの唯一の弟子、ソンコ・マージュ(日本人)が言っている『ところでユパンキは「風
景」という言葉をよく使った。風景のなかで最も素晴らしいのは人間だとも言った」ユパン
キの音楽はそんな音楽だ。この曲もそうだろう。
1908年、ブエノス・アイレス州のパンパの中、小さな町に生まれた。父は、デメトリオ・チ
ャベーロ。ケチュア族インディオ。かってのインカ帝国の民族の血が流れていたという。
ユパンキはフォルクローレの歌手にいれられる。フォルクローレは「コンドルが飛んでいく」
を代表とした中南米の音楽だが、彼の歌と演奏を聴けばその分野には入らない音楽家だ
と言うことが分かる。歌い手にして作曲家、詩人、ギタリスト、エッセイスト。1992年没。
1929年「インディオの小路」を発表して認められる。この曲良い曲です。
≪インディオの小路≫
インディオの小路
石の散らばるコージャの道(コージャ~北アルゼンチン北高原に住む種族)
星々と谷とをむすぶ
インディオの路
古い私の種族が
南から北へと歩んだ道
それはパチャママ(インディオの大地の女神)が山の奥へ
影とかくれる前のことだ
山に歌い
川に泣き
インディオの悩みは
夜にいや増す (以下略)
「牛車にゆられて」作詞はウルグアイの詩人ロミルド・リッソです。
≪牛車にゆられて≫
心棒に油をささぬから
おいらは碌(ろく)でなしだとさ
音の立つのが好きなのに
どうして油をさすものか
これはあんまり退屈だ
わだちをたどって、のろのろと
道をつたって、ごろごろと
楽しみひとつあるじゃない
静かさなんぞほしくない
思うこととてないものを
あるにゃあったが今はもう
古い昔の思いぐさ
おいらの牛車の心棒よ・・・
けっして油はさすものか
夕暮れ時、パンパの中を牛車に揺られて老農夫が家に帰っていく。油の切れた牛車の
心棒の音だけが響いている。家に帰っても子どもたちは貧しい家を出て、家には無愛想な
妻(うちと同じ)がいるだけ。趣味もなく、パンパのなかの一軒家、遊び行くところも無い。
毎日その繰り返し。何にもない孤独な男の心に響くのは、油の切れた牛車の心棒の音。
それだけが彼の相棒。
とにかく、ユパンキは聴いて見てください。本物の、そして、民族の心を歌う音楽というもの
が分かります。
本来は、レコードで聴くのが良いのですが、私も堕落したもんです。CDでばかり聴いてい
ます。ところで、私とかみさんとの間の心棒も油ぎれでギーギーいっているのですが、油を
さすべきか、ささざるべきか?
(参考:ソンコ・マージュホームページ/アタワルパ・ユパンキ傑作大全集/東芝EMI アタ
ワルパユパンキ ライナーノート 訳詞:濱田滋郎)
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