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2011年11月30日 (水)

ありがとう

P1070038

変なところで、「ありがとう」の文字が石に彫ってありました。

変なところと言うと、語弊があるのですが、墓石に彫ってありました。

P1070037

墓石に、霊らしい人物が写っていますが、私ですから、気にされないように。

しかし、なぜこんな墓を作ったのでしょう。はじめは、家族の人に対しての心かなと思った

のですが、それにしては先祖からの銘板がありません。個人墓なのでしょう。花が飾った

跡もありませんでした。かみさんに聞くとどうも名前からして町内の人ではなさそう。

そうすると、老人ホームか何かに入っていた独居老人の方で、自分の死後の墓を誰かに

託されのでしょうか?

「ありがとう」は誰に対して、どんな意味で書かれたのか、一日考えていました。皆さんも、

知りたくありませんか。どんな方なのでしょう?文字の書体は、PCのポップ体なのですが、

意外と良く似合っていますね。


日本では墓碑銘というのはあまりありませんが、外国にはいろいろあるみたいですね。

スタンダールは良いですよ

■ミラノの人書いた恋した生きた

ビリー・ザ・キッド

■真実と経歴。21人殺害。ごろつきの少年王。彼は彼らしく死んだ

アル・カポネ

■神よ、哀れみ給え

ディーン・マーチン

■誰かが誰かを愛してる

お医者さんの墓碑銘でしょう

■ここに医者リチャードが眠る この霊園に眠る死者の半分は彼の患者だった


日本にも良いのがあります。正岡子規は、生きているときに墓石に合わせて自筆で墨書し

たそうです。


■正岡子規又ノ名ハ処之助又ノ名ハ升

又ノ名ハ子規又ノ名ハ獺齋書店主人

又ノ名は竹ノ里人伊予松山ニ生レ東

京根岸ニ住ス父集太松山藩御

馬廻リ加番タリ卒ス母大原氏ニ養

ハル日本新聞社員タリ明治三十□年

□月□日没ス享年三十□月給四十円


子規の死後、この墓碑銘が使われることはなかったそうですが、33回忌のとき、自筆の

まま銅板に刻まれ、墓のそばに建てられたそうですが、盗難に遭い、現在は石に刻まれて

いるそうです。月給四十円は良いですね。

詳細は、「壺齋閑話」をご覧ください。


さて、世界一好きな墓碑銘はこれです。まだ、生きているのですが、テレビで明言していま

した。この人が亡くなったら是非確かめにお参りしたいと思います。


その人は、所ジョージ。墓碑銘は

■「また、来てね」



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