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2011年11月 7日 (月)

有家町キリシタン史跡公園②~南島原市有家町

さて、前回ご紹介したように今回は、宝篋印塔に隠された十字架からご紹介します。

P1040681 P1040680

宝篋印塔の笠の部分ですが、上の方が何となく雑な作りで、後でとってつけたような感じ

がします、上に凹部がありますが、それにもしっくり合わないようで何かの事情があったの

でしょうか?

さて、この上の部分を取ると中に隠し十字架か彫ってあります。

Photo

有家近隣町の人は島原の乱で全滅と言われていたのですが、何名かは乱に加わらず残

り転びバテレンの振りをしながら祈っていたのではないでしょうか。

さて、気になるのがこの2つの石仏。

P1040652 P1040654

 説明版には「この地で発見されたもので室町期のものと推定される。」と書いてあります

が、昭和56年発刊の「有家町郷土史」下記のような写真が掲載されています。

Photo_2

こちらには、石人(猿石)という説明になっています。

有家町で調査をしたところ、20数体の石人像が発見されたそうで、全国に類を見ない「猿

石(さるいし)」の類である事が判明したそうです。

昔、雲仙が信仰の対象の山でしたが、その一つ高岩山に神社が祀られ、その道々、大小

ありますが猿石がおかれていたと聴いたことがあります。猿石は有家町(深江町にも?)

独特であり、他の町村には見られないそうです。

報告書で調査委員吉田正隆氏は「一連の初期仏教関係の、特に弥勒信仰関係の石像仏

(猿石)は現時点では韓国益山弥勒寺、奈良明日香村吉備姫王陵と、有家町高岩山参道

を中心とした島原半島しか知られておらず(略)」と書いています。

史跡公園の像が「猿石」と呼ばれるものかどうか分かりませんが、興味は尽きないところ

です。


なお、島原半島のキリシタン墓地の調査は、1983年に県立有馬商業高等学校の郷土史

研究会生徒が調査をし手作りですが、資料を出しています。

Photo_3

キリシタン墓碑については、残念ながら、これ以後あまり研究がなされていないようです。

各町それぞれにはそれなりの資料はあるみたいですが、町村合併で段々と不明になって

行く事を懸念してやみません。

(参考~有家町郷土史・有家町教育委員会キリシタン史跡資料抜粋)











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