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2011年9月

2011年9月22日 (木)

小休止しますm(_ _)m

先週より、目の調子がおかしく、眼科に行ったところ「歳を考えてパソコンしなさい!」とのこ

とで「禁パソ」を言い渡されました。調子が戻ったら、また、再開します。

いま、橘中佐の銅像について調べているのですが、

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この銅像、橘神社が建てられたときに、同時に建設されたと思っていませんか?

橘神社が建てられたのが、昭和15年に社格を長崎県社として立てられたのですが、橘中

佐の銅像は平成大正7年に完成したのです。しかも、2体作成されたのですが、また、こ

のあたりから再開したいと思いますのでお楽しみに。

2011年9月21日 (水)

訂正m(_ _)m 日本一小さな発電所げな

7月7月に「日本一小さな発電所げな」と言う記事を書きましたがもっと小さな発電所があ

ったのです。

何気なく、ネットを見ていたら、PRS法ホームページがありまして、「新エネ等電気利用法」

の事だそうですが、要するに新エネルギー対策のことですね、法案等々についは上のホ

ームページでリンクをしていますのでご覧ください。そのホームページに風力発電とか、太

陽発電、地熱発電等の資料も出ていました。

水力発電については

Q   水力発電の認定要件は何か。
A 出力千キロワット以下の水力発電所であって、以下のものである。
・水路式の発電所
・ダム式又はダム水路式の水力発電所については、水道、工業用水道若しくはかんがいのための水又は河川の流水の正常な機能を維持するための水の放流に伴って発生する水力を用いるもの(いわゆる水道利水発電、工業用水利水発電、農業用水利水発電、維持流量発電)

Q11

水道利水発電、工業用水利水発電、農業用水利水発電、維持流量発電に該当することはどのように確認するのか。

A いわゆる水利使用規則上の記述により判断することを原則とする。

と言うことだそうです。


水力発電の一覧についてはホームページの真ん中の欄「2011.7.8 情報ダウンペー

ジの欄を更新しました」をクリックするとダウンロードのページが出ますので、水力発電設備

をクリックして貰うと全国1000KW以下の発電しているところが出てきます。

電力会社以外にも企業、農協、一般会社、小さな所では「長野県波田水車発電所 1W」と言

うのもありました。京都では「合資会社嵐山保勝水力発電所 5.5W」もありました。

内容を見ると、いろんなところでいろんな目的で発電所を作っているところがあるようです。

エネルギーに関しては、電力会社におんぶにだっこするだけではなくいろんな事が分かって

きたような一日でした。


さて、近所のキャベツ畑のキャベツも段々大きくなり始めています。

さすがプロ、良い仕事ですね。わが家の菜園ではこんなにキチンとは植えきれません。

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川の改修も始まりました。

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工事の進行状態も見ていて楽しいですね。時々進行状態も載せていきますね。





2011年9月20日 (火)

島原の乱と宮本武蔵

今日は朝から雨、病院に行ったら患者さんが一杯。待ち時間があるので、ちょうど良いと

思い今日のブログはなにを書こうかと思っていたら、女の人から、しかも独身の知り合い

の方から声をかけられました。八十九歳の。良くしゃべること。おかげで、考えがまとまり

ませんでした。


さて、この間、原城へ行ったことを書きましたが、なにか頭の中に忘れていたものがあった

のですが、やっと今日になって思い出しました。あの宮本武蔵がこの島原の乱に加わって

いたのですね。もちろん幕府側です。何に書いてあったか、覚えているようで、覚えてない

ような。吉川英治は巌流島のところで終わっているし、小半日捜してやっと分かりました。

やっと見つけました。

P1050609

この本、吉川英治の「宮本武蔵」と読み比べると面白いですよ。どちらの方が真実に近い

か。司馬遼太郎の方は短編なので一時間ほどで読めると思います。

さて、この本のを読んでいくと、当時、養子の伊織が小倉の小笠原藩に武蔵の推挙で仕

官していた関係で、小倉の小笠原藩の陣地にいたそうです。西望公園の図で見ると

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図の真ん中の白丸で囲んだところです。各藩の番号が振ってあって「69 小笠原右近大

夫(小倉)」と書いてあります。



さて、武蔵の働きというと、本に書いてありますが、石を投げられ傷を負い活躍はできなか

ったみたいです。裏付けとして、陣中の武蔵から有馬直純に宛てた文書があります。こ

の、資料に載っていました。

Photo

旧南有馬町のまちづくり課が作った資料です。

Photo_2

この中に「拙者も石にあたり すねたちかね申・・・」と書いてあります。脛が立てない状

態なのでかなりの重傷だったのでしょう。

このようにして登っていったところを石があたったのでしょう。

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この資料の中に、「四郎法度書」もありましたので、一揆群の覚悟が分かると思います。Photo_3

最後の益田四郎は天草四郎の本名です。

さて、原城に来られたとき、ここで宮本武蔵も戦っていたことを思い出してください。








2011年9月19日 (月)

また皿まわしをしてきました~炭酸泉・上の川湧水(雲仙市・小浜)

また、頼まれてボランティアで皿まわしをしてきました。本当は隠し芸なので「隠して」いた

のですが、いつの間にかばれていました。

隣町の敬老会です。皆さん元気ですね、昔は老人クラブは六十歳から加入でしたが、いつ

の間にか六十五歳からになっていました。

いつだったか、公民館のホールで高齢者の方が大会をしていたので、なんだろうと思って

覗いたら、舞台の看板に「老人クラブ青年部結成大会」と書いてありました。今の高齢者

の方が、草食系男子よりパワフルなのではないでしょうか?


今日の敬老会の対象の方は七十歳以上の方だそうでしたが、まだまだ若い若い。

私のたらい回しです。

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少しお手伝いをして、お婆ちゃんにも回して貰いました。

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今日回したものは、小皿、中皿三枚回し、中華丼、ステンレスお盆、まな板、土鍋の蓋と

本体、プラステックのたらいでしたが、結構喜んで頂きました。

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帰りがけ、道に迷って裏通りを回っていたら、こんな所がありました。小学生が描いた説明

文でしょうか、下に小浜小学校平成18年度生と書いてありました。なかなか良くできてい

ます。

P1050567

中に入ると、池があり右の写真のように水がボコボコしていました。よほど熱いのかと思っ

て、手を入れたらぬるいお湯でした。

説明文によると、自然湧水で、25~27度だそうです。炭酸ガスと硫化水素を多く含み皮

膚病に効くそうです。浴用以外にも味がサイダーに似ていると言うことで、小浜に来られた

方の飲料にも使われたこともあるそうです。飲んでみると、なるほどサイダーの味がしまし

た。

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少し行くと、有名な上の川湧水でした。

P1050584_2   

ここには、水を汲に来る人が次々と。ペットボトル数本に入れている方も。地元の中学生

もクラブに行く前に水を汲んでいました。

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後ろの方は庄屋元跡です。石垣が立派なのはそのせいでしょう。

たまには、裏通りを行くのも良いですね。いろんな発見があります。



2011年9月18日 (日)

四千万歩の男~井上ひさし

稲もすっかり稔り、9月末~10月上旬頃稲が刈られるでしょう。新米が待ち遠しいです

ね。私はちゃんと棚田の米を予約していますよ。待ち遠しいですね。

近くの田んぼを歩いていたら、毎年名物の案山子。

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いろいろありますよ。

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さて、今日は本の紹介です。1990年に出た本ですから、もう21年前の本ですか。井上ひ

さしの「四千万歩の男」です。もちろん、伊能忠敬を書いた本です。井上ひさしは高校の時

にかなり読んだ事があります。この本知ってはいたのですが、厚い本だしどうしようかと思

っているうちに月日がたっていました。

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まだ、全部は読んでいないのですが、伊能忠敬については知らない人はいないでしょう。

しかし、その測量法について知っている人は少ないと思います。わたしも、水戸黄門なみ

に弟子を2~3名をつれて温泉にでもつかりながら計っていったと思っていたのですが、

本を読むとかなり過酷な測量だったことが分かります。

一日歩く距離が、本によると「閏年四月二一日十一里半~歩数にして四万九千二百歩」

「四月二十二日十里二十九丁四十一間~歩数にして四万六千七百七十四歩」このような

調子でで歩いています。もちろん道が曲がるたびに角度を測ります。どんなに手間がかか

ることか。

距離は歩測で、二歩で一間(約1.8m)です。歩測で計ったのですよ!

歩く歩数が一日四万歩以上です。夜はそれをまとめて、天体観測。

私は毎日一万歩歩きますが、四万歩はとても無理ですね。一日くらいだったらできますけ

ど。毎日はとても、とても。忠敬そのとき五十六歳です。

とにかく驚くのは二歩一間ですね。

これが、狂うと全体が狂ってしまい、正確な地図は書けません。私は身長が160cm(わ

たしゃも少し背が欲しい)で、一歩が60~70cmで歩きますが、二歩一間90cmで歩くと

かなりきついですね。よっぽど足が長いならですが。

よほど、訓練をしたのでしょうが、一日中歩いて狂い無く二歩一間。しかも四万歩以上毎

日歩くのはひどかったでしょう。


まだ、第一巻の途中ですが、これからが楽しみです。

なお、長崎関係の旧街道を調べたのネットがあったので下にリンクします。皆さんの住ん

でいるところの旧道を調べるのも面白いですよ。

又、島原半島の街道については下記の本に詳しく書いてありました。

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車道ばかりが立派になって、旧道は段々分かりにくくなっています。家の近くの旧道くらい

歩いてみませんか?

なお、伊能忠敬は千々石の庄屋宮崎家に泊まったそうです。

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真ん中の空色の標柱に庄屋跡(宮崎家)とそれだけしか書いてありませんでした。当時と

はここらあたりは全然違っているのでしょう。何か淋しいですね。子孫の方もよく分かりま

せんでした。

長崎県の主な街道(リンクしていますからクリックしてみてください)




2011年9月17日 (土)

本光寺~島原旅行の折は是非

野菜を植えたばかりで、雨が降るのを期待していたのですが、残念でした。稲穂は順調に

生育しています。近頃は「にこまる」とか言う銘柄の米がはやってきているとか。素人には

なにがなにか分かりませんが、可愛らし名前ですね。

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さて、この間薬草園と本光寺に寄ってきましたので、今日は本光寺のことを。

島原藩主の墓地になります。本光寺は薬草園から車で10~15分くらいですから是非お

寄りください。


お寺には、常磐資料館が付随してあります。住職さんが二代にわたって散逸していた資料

を集めたものが展示してあります。伏見城攻防戦の様子とか、織田信長の書状、原城の

絵図面、隠れ切支丹の仏像。又、常磐御殿客間は天井絵があり、京都御所の天皇寝所

と同じ構造を持っていると言われています。畳の下には鉄板が、天井の上には隠し部屋

があるそうです。すごいものばかり展示してありました。

残念ながら写真撮影禁止のため写真は取れませんでしたが、外は撮影禁止とは書いて

無かったので数枚撮してきました。常磐資料館のホームページはこちらです。写真も載っ

ていますのでご覧ください。


山門です。この山門の敷居と、島原城の天守閣が同じ高さだと言われています。

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有名な首無し地蔵です。

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島原の乱の時、一揆軍が島原城が落城しないので、(昔はここは丸尾城で当時は廃城で

した)その時切支丹教徒がここに立てこもったときに壊されたものと言われています。


島原藩主関係者の墓所です。全部で三十三基の墓と、灯籠十四基が並んでいます。

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中は、立派な墓所です。時代が時代なら私ごと平民が写真など・・・

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有名な16羅漢像です。

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こんなのもありましたので登って碑文を読んでみました。なにが書いてあるか?親不孝を

したという自信のある方はお寺によってお読みください。

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天誅組 保母晃光の墓所もありました。歴史好きな人には一日いても飽きないでしょう。

まだまだいろいろあるのですが、きりがありません。島原にお寄りの時は是非お寄りくださ

い。




2011年9月16日 (金)

冬~春野菜を植えました

今日は朝から雨。橘神社の秋の大祭でした。

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地元のえらい人が招かれていました。かみさんも招待されていました。私にはお招きもあ

りませんでした。招待客の方は儀式が終わって直来(神事が終わった後の宴会)です。偉

い方ばかりなのでご馳走だったでしょう。私は一人で360円のお買い得弁当をぼそぼそ

と。


先日、ブロッコリーの苗を10株ほど頂いたのですが、雨がずっと降ってないのでどうしよう

かと思ったのですが、ままよ、と昨日植えたら朝から雨。ビンゴでしたね。チャンスとばか

り、園芸店に走り、野菜の苗を買ってきました。

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右からサニーレタス2株、パセリ1株、中央が白菜6株、キャベツ6株、左が大根の種。

肥料はいつも油かすを使うのですが、今年は発酵鶏糞と混ぜて使うことにしました。本物

の鶏糞はすごく臭うのですが、これはほとんど臭いがしませんでした。苗の数が少ないみ

たいですが、二人で食べるに十分です。白菜を10株植えたときは、食べきれずそのまま

していたら花が咲き、生まれて初めて、白菜にも花が咲ことをし知りました。

タマネギを200本ほど植えましたが、6月に収穫してまだ残っていますが、ほとんど腐りか

けです。夫婦二人では思ったほど食べきれないのですね。


カボチャのツルを始末しようとしたのですが、気がつくと三個ほどなっていました。これでは

まだまだ始末できませんね。フェンスに絡ませたカボチャはもう少しで取り入れでしょう。

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白のゴーヤもまだ頑張って、大きくなっています。秋なすも結構なり始めています。

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ピーマンが夏場になりきらなかったのですが、今になってやっとなり始めましたが、形が少

し変な感じ。

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苗は植えたものの、本職ではないし、植え方の間隔がなかなかつかめず近所の畑をみて

回って参考にしています。

農薬も、除草剤も使ってないので、虫にやられ雑草ばかり生えていますが、趣味でやっ

ているので、まあまあ良いでしょう。これから大きくくなっていくのが楽しみです。

もう一雨来てくれれば良いのですが。「神様、愛を」ではなく「神様、もう少し雨を、もう悪い

ことはしませんから。」







2011年9月15日 (木)

旧島原藩薬園~一日ゆっくり見学を

今日は、病院からの帰り海岸の道路を走ってみました。この道は昔、愛野から小浜まで汽

車が走っていたところです。

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するとこんな看板が。もっともここには右の写真のように石がごろごろしています。実は私

も取っていったことがあるのですが。漬け物石に。もう時効ですが。よほど大がかりに取っ

ていくのがいるのでしょう。

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さて、昨日は病院の帰りに(なんか病院ばかり行っているみたいですが・・・)島原の本光

寺と久しぶりに旧島原藩薬園に寄って見ました。本光寺は松平藩主の墓所ですが、また

別の日に書いてみます。

さて、薬園です。

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場所はちょっと分かりにくい所ですが、島原農業高校の後ろ側になります。

余談になりますが、農業高校の生徒は大変ですね、夏休み、休日も植物には水かけがあ

るし、畜産科は動物の世話があるし・・・

薬園は専用の駐車場がないので路上駐車になります。ちょっと不便です。

上の右の写真のようにざっとしたようですが、一つ一つに名前が書いてあります。

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ハーブがはやっているせいでしょうか、ハーブコーナーもありました。一番上まで行くと屋

敷の跡があります。

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薬園方詰め所、貯蔵庫、倉庫、貯水池等の遺構だそうです。

健康法の一つとして薬草が根強いブームをもっています。興味のある方は、お弁当でもも

って一日見学してみてはどうでしょうか?

なお、ここは奈良の森野旧薬園、鹿児島の佐多旧薬園と共に日本三大薬園の一つとし

て、国の指定史跡です。ここを作ったのはシーボルトの高弟、賀来佐之(かくすけゆき)で

す。

薬園のホームページをリンクしておきますので詳しくは見てください。

さて、かみさんにトリカブトをと思ったのですが見つけきれませんでした。








2011年9月14日 (水)

原城へ~最良のルート(北村西望公園・原城文化センター経由)

やっと思い出しました、昨日の花「ユッカ」ですね。最初は「ユッケ」ではないかとネットで調

べると、韓国料理のユッケばかり。なんとか、「ユッカ」にたどり着きました。

さて、昨日、原城、原城文化センター、西望公園と三カ行ってきたのですが、ふと考えて原

城(島原の乱・天草四郎で有名)まで行くにはこのルートをたどった方が原城を理解するの

に良いのかなと思いましたので今日はそのルートを。



まず、小浜方向から休暇村雲仙(諏訪の池)に行きます。通り過ぎると北有馬方面、加津

佐方面、南串方面の分かれ道に出ますから、北有馬方面の坂を下ってください。途中「西

望公園」の看板があった気がします。(昨日のこともわすれるなんて・・・)右折です。そこを

いくと「原城文化センター」の看板がありますが、一応無視してまっすぐ行くと、「北村西望

公園」の看板がありますので、その方向へ進んでいくと「北村西望公園」があります。

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北村西望の生家と公園内には作品が置かれています。開館時間は4時までですが、自由

に出入りできます。


海の見える方に行くと、原城が見えます、

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写真中央にある海に面した小高い丘が原城跡です。ここのところに看板が置いてありま

す。

P1050267_2 

これを見ると、原城の様子、またどの藩がどこに陣地を構えているかが実際の風景と比

べて見ると一目瞭然です。ひょうっとして皆さんの祖先もどこかにいたのかもしれません

ね。


さて、次はUターンして看板に従って「原城文化センター」へ行きます。ここ

は原城から発掘されたものが展示をされていますが、圧巻は・・・・

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もちろんレプリカですが、実際の発掘調査でこのように発見されたのです。実に悲惨な光

景です。

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さて、このセンターの窓口にパンフレトが置いてありますので絶対に貰ってください。

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原城の地図と、主な遺跡の説明文です。現地にも説明文がありますが、これを持って行く

ととても便利です。迷わずにすみ、自分が見たい所をきちんとチェックできます。

持って行くのと、行かないのでは大違いです。

この小冊子も頂きました。そんなに安い本とは思われませんが、パンフレットと一緒に置

いてあったので、ありがたく。

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これを見ると、南島原の切支丹の歴史がよく分かります。さて、これだけ準備して、原城に

行くと迷うこともなく、ふらっとなにも知らないで行くより、より良く理解できると思います。

それでは、現場の原城へ。

もし、運が良ければ発掘調査の現場も見ることができるかもしれませんます。(滅多にや

ってませんが、私は2回ほど見て、説明も聞きましたが、興味のあることばかりでした)

それでは、原城まで良い旅を。







2011年9月13日 (火)

皿まわしをしてきました

私の隠し芸は皿まわしです。大分県に日本皿まわし協会というのがあって、、そこの五段

(大師範)です。

Photo

一番良かった頃の写真です。皿まわし協会で全国大会をしていますが、トロフィーはその

時優勝した時のものです。

Photo_2

きれいどころの三味線でやったこともありましたっけ。(随分昔。回しているのは土鍋で

す、皿回し協会にはもっとすごいものを回す方がいますが)


先日からケアハウスからボランティアの依頼があり出かけてきました。体調を崩しここ2~

3年サボっていて心配だったのですが、まあ、何とかなると引き受けてみました。今日は

保育園の子どもたちの歌とかゲーム、私の皿回し、職員の方の演芸でしたが入所者の皆

さん喜んでおられました。

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私もこんなに可愛い時期もあったのかと、つくづく年月の過ぎゆく速さを感じました。

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もうすぐこの方たちの年齢に近づいて行くのかと思うと・・・・


皿まわし?ミスなくできたことはできたのですが久しぶりに緊張しました。まあ、結婚式で

良く頼まれますが、あれは本当に緊張します。落としたり、落として割ったりしたら不吉です

から。


終わって、南島原の原城、西望公園に行ってきましたが、島原の乱の原城いつ行っても

厳粛な空気を感じますね、いずれ、この事も書いてみたいと思います。

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綺麗な花が、パチリと一枚。ところでこの花の名前なんでしたっけ、以前は知っていたので

すが、最近はまだらぼけになってしまって・・・思い出せません(;ω;)







2011年9月12日 (月)

秋の一日を~千々石少年自然の家

また、海岸を歩いてみましたが、平日、月曜日と言うのに10名程度の釣り客が。若いのも

混ざってましたが。

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一番右の山が釜山(ふざん、ではありません「かまやま」です)、少年自然の家があるとこ

ろです。中央の山が猿葉山(さるばさん)、山の向こう側に猿葉神社があります。意外と知

られていないみたいですが、正月は参拝される方が多いところです。

写真では分かりにくいのですが海から少し上がったところ写真中央、海から1㎝くらいの所

でしょうかかすかに家があるのが分かると思いますが、愛野から小浜まで汽車が走ってい

たところです。


この間書いた、福石様の間に夕日が落ちてくるのもまもなくでしょう。

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ふと思いついて、少年自然の家まで行ってみました。

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海岸が千々石海岸です。後ろの少しかすんでいる山が多良岳です。多良岳の下の海がニ

ュースなどで話題になっている諫早干拓になります。写真右手あたりに風車が見えます

が、風力発電です。風力発電の下、斜面になったところが続いていますが、地質学で有名

な千々石断層です。


自然の家の屋上で見ると天草、富士山(言い過ぎか)まで見え綺麗なのですが、残念なが

ら本日は休所日でした。

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人気のある、ログ・キャビンです。泊まった方が来年の予約をしていくぐらいです。10名泊

まれて一棟で(一人ではありません)2000円+シーツ代くらいです。5棟あります。親戚、

又は気のあった家族同士でどうでしょうか。

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バーべーキュウの場所もあります。夏より、少し涼しいときが良いんではないでしょうか?

右はドングリの丘です。子どもたちはドングリ捨うのが好きですね。こじんまりしていますが

自然に囲まれゆっつたりしています。秋の一日子どもとゆったりと一泊過ごしてはいかが

でしょうか。普段できない子どもとのつきあいができると思います。

県外の方も利用できますよ。

なお、モー○ルではありません。少年の自然体験施設ですので、お二人づれの方はお近く

のモー○ルへ。近辺の国道○○○号線には良いところがたくさんありますよ。


2011年9月11日 (日)

千々石中学校吹奏楽部第13回定期演奏会~御神楽もあるよ

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今日は千々石中学校の吹奏楽部の定期演奏会でした。少子化のためか部員わずか17

名のクラブです。それでも頑張っています。


少子化を無くするのはかんたんなんですが・・・電力会社が夜10時頃から電気を切ってし

まえば良いのです。あったでしょう。何年か前のニューヨーク大停電、その時に子どもが増

えた事が。


家が中学校に近いため、良く練習の音が聞こえてきます。4月からの音に比べると段違い

にうまくなっていました。

家の愚娘が中学校に入学するとき、一番楽な吹奏楽部に入ったのですが、その時赴任し

た先生が音楽バリバリのK先生、鍛われましたが、3年の時に第1回の定期演奏会が開か

れたのです。あれからもう13年ですか。


千々石のファミリーコーラスも出演しましたが、結成してもう30年以上になるでしょう。メン

バーの入れ替わりはありますが、その時から入って頑張っている方もおられました。私み

たいな3日坊主には頭が下がるおもいです。まだまだ、続けてくださいね。

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ここの吹奏楽部では他では絶対に見られないものがあります。御神楽を舞います。夏祭り

の時などに披露をしてくれます。楽器の練習と御神楽の練習と両方大変だったでしょう。

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この先生はすごかったですよ。和田アキ子の歌を4曲ほど歌いましたが、旨い。学校の先

生には惜しいくらいの熱唱でした。

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小学生も一緒に、「マルマル・モリモリ」

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楽しい一日でしたが、最初書いたように学校の少子化で運動クラブ、文化クラブとも人数

減に困っているようです。多分、学校統合の話がこれから出てくるでしょう。良いことか、悪

いことか分かりませんが・・・

皆さんも、少子化防止に頑張りましょう、早めに電気を消して、すぐ寝ない!ちゃんとやる

ことをやった後で眠りましょう。


2011年9月10日 (土)

日本全国ゆるゆる神社の旅~パワースッポト神社へ行く前に必読

今日は、海岸を歩いてみましたが、思いのほか魚釣りをする人が多いようでした。

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キスとアジを釣っているのでしょう。

なかには、こんな魚を釣っていた人が。

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私は、魚には音痴でサンマと鯨の違いが分かる程度です。(鯨はほ乳類か?でしたね)名

前を聞くと「まご」言っていましたが、調べたら多分「マゴチ」のようで、マゴチをを略したの

でしょう。40cm~50cmでしたがこれでも小さい方で、先日は釣り糸を切られて逃げられた

そうです。この人、マゴチしか釣ってなかったので、これ専門で釣っているみたいです。


さて、橘神社軍神橋の表の張り替えができたみたいで歩いて渡れるようになりました。もっ

とも、橋の下部の工事等は12月20日までかかるそうですが、

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今日は、本の紹介です。

P1040999

最近は、パワースポットの神社巡りがはやっているようですが、現地に行って迷ったり、見

忘れていたところがあったり、はやり、下調べはしっかりしたいもの。とは言っても、活字の

本は・・・という方にお勧めです。漫画です。気楽に読めて、神社の由来、見どころなども書

いてあって、旅行を計画されておられる方は、是非お読みください。ちなみに、取り上げら

れている神社は次の通りです。


・貴船神社・市比賣神社・須賀神社・岡崎神社・出雲神社・八重垣神社・須我神社・熊野那

智大社・熊野本宮大社・玉置神社・鹿島神宮・香取神宮・江島神社・白山比め神社・金澤

神社・唐崎神社・大神神社・狭井神社・久延彦神社・桧原神社。武田神社・二見興玉神社・

伊勢神宮・猿田彦神宮・月読宮・高千穂神社・伊勢神宮・猿田彦神社・青島神社・立磐神

社・大御神社・武蔵御嶽神社・産安神社が載ってています。(字が間違っていたらゴメン)

是非パワースポット神社旅行の参考に。


私?本を読んだだけでパワーが湧いてきたので行く必要がないようです。

サイドのマイブックに載せておりますのでクリックするとAmazonへ飛びます。

2011年9月 9日 (金)

慶巌寺~諫早市

「稔るほど頭を垂れる稲穂かな」「稔るほど頭の下がる稲穂かな」。「頭」も「こうべ」「あた

ま」両方の読み方もあるみたいですが、稲穂も段々頭が下がってきました。・・・柿の実も色

づき始めました。カラスにやられなければ良いのですが。

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昨日は眼鏡橋を紹介しましたので、本日は対岸にある慶巌寺です。いつ見ても貫禄があり

ますね。

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このお寺、八橋検校の「六段」発祥の地ですが、知らない人が多いようですね。「六段」とい

えばお正月にTVなどのバックミュージックに、宮城道雄の「春の海」とともに一番使われて

いる曲ですが。

祈念碑です。ここのお寺の、玄恕という箏の名人に習い、帰郷の後寺の横

に流れる川のせせらぎの音を思い出しながら書いたと言われています。

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さて、磨崖仏があるとと聞いていたので、どこにあるのかなと思ったら駐車場の所の崖

に彫ってありました。

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大きさは、30~40㎝程度ですが、33体彫ってあります。中央の記銘に明和7年(1770)

とあるそうです。長年の風雪に晒されたのでしょうがきちんとした形を保っています。


さて、この寺でもう一つ知られているのが明珍作の甲冑があります。20~30年前行った

ときは本堂で現物を見られたと記憶していたのですが・・・残念ながら実物は見られません

でした。説明文で勘弁してください。

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県指定の名号石です。貞和七年(1351)年に作られたものです。

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他にも見るべきものがたくさんありましたが、歴史に詳しい人と行った方が楽しめるでしょ

う。多分説明をしてもらうと一日かかるでしょう。

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上の写真は、何かよく分かりませんでしたが、びっくりしました。墓が積み上げられていまし

た。故陸軍中尉の文字もありましたから、歴史的には新しいものもあるのでしょうが。

下は羅漢堂です、鍵は閉まっていましたが、外から見えるので写真を撮ってみました。立

派なものですね。

P1040884

近頃、神社とかお寺とか地蔵さんとか調べたり、見にいったりして、ついでにいろいろお願

しているのですが、行いがあまり良くないので御利益はあまりなさそうです・・・

2011年9月 8日 (木)

諫早眼鏡橋の秘密・伊藤静雄の碑

今日は諫早の病院へ行ってきました。今の看護師さん優しくて良いですね。うちのかみさ

んも看護師だったはずですが・・・・

帰りがけ眼鏡橋と慶巌時へ寄ってきました。

ご存じ、諫早の眼鏡橋です。

P1040942_3

橋の長さ49.25m、幅5.5m、石の数は約2800個です。現在地から500m離れたところにか

けられたそうです。昭和32年の諫早災害で眼鏡橋は一部破損したそうですが、流木等を

せき止め被害が大きくなったと言われています。様々な経緯があったようですが、今のとこ

ろに保存されています。

現在使われている橋です。川幅も拡張をしてあります。

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さて、眼鏡橋の秘密と言っても一時話題になりましたが、もう忘れられた感がありますので

思い返してみましょう。問題は橋の真ん中の部分です。

P1040906

橋の左右の部分は砂利の上に作られていたそうですが、中央部の基礎石は川のヘドロ層

の中に松杭を立て、その上に敷かれた枕木の上に載せていたそうです(諫早眼鏡橋の構

造特性について~オープンアクセスの所をクリックしてください。)。現代の高層建築で使

われている、地震の時わざと建物を揺れさせるのと同じ考えでしょう。


さて、後ろの山に伊藤静雄の碑があると言うことで登ってみました。伊藤静雄はそんなに

好きだと言うことでは無いのですが、病床にあるとき友人が、何か食べたいものはないか

と聞いたとき「五月の風をゼリーにして」と答えたそうです。

さすが、詩人ですね。「五月の風をゼリーにして」。私なんぞ考えもできない言葉です。

その言葉が頭にあったものですから。

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伊藤静雄の碑です。碑文揮毫は三好達治です。ついでに頂上まで、途中に看板が。

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頂上には、大きな木がありました。

P1040924

看板を読んでみると、国指定天然記念物でした。

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ここに来るまでへたばってしまいました。

しかし、頂上は広々として気持ちの良いところです。諫早の半分が一望できます。できるな

ら、二人で行くところでしょう。雰囲気がありますよ。あまり人もいないし。

私は残念ながら一人で来ましたが。

 

2011年9月 7日 (水)

切支丹遺跡・遺物・隠れ切支丹地蔵等 3 (雲仙市・千々石町)


9月16日は橘神社の大祭のためか、幟が立てられていました。

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その内の一組は

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橘中佐は明治37年8月11日、歩兵第34連隊第1大隊長として赴任をし、明治37年8月3

1日首山堡にて戦死をしておりますので、現在陸上自衛隊になってもその関係があるのでし

ょう。



さて、千々石での切支丹遺跡関係はこれで一区切りしますが。今回の隠れ切支丹地蔵は発

見された経緯が少し変わっています。家を囲っている石垣を取り除き、通路を作ろうとしたと

き石垣の中から見つけられたそうです。

P1040745

この石垣の中程に、このように隠されていたそうです。

P1040754_2

P1040752

P1040750

横の所に、バインダーに挟まれた説明書もあります。

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これによれば、東京の研究者に判定して貰ったところ

(一)発見された状況から見て、丁重に「隠されたもの」と言って良い。

(二)この石像は仏像に偽装したものだが、仏教から外れた形をしており(中略)これは仏

像を否定する「貌姿」に複数の隠し事を併せ持つ稚拙ながら資料価値の高いものと評価

できる。又、パーデレ(神父)が着るマントを羽織っているようである。

(三)天のシンボル・数珠を持つことから、デウス(天神)又はキリストとも思われる。もちろ

ん神父の可能性もある。

(四)台座を蓮座にしたのは、仏教とを思わせるためのように思われる。

と書いてあります。


多分、この家の方もまったく話しも聞いたことが無いのではないでしょうか。

また、この近くには先に書いた4体のうち3体の遺物が点在しています。

千々石は、千々石ミゲル以外切支丹に関しては関係が薄いところなのですが。いろいろ

資料を漁りましたが、知らないことを調べるのは面白いですね。

また、面白いことがあったら報告したいとおもいます。

(参考~ 説明文及び千々石史談第2号 隠れていた石像~関良孝 より)




2011年9月 6日 (火)

切支丹遺跡・遺物・かくれ切支丹地蔵等 2 (雲仙市・千々石町)

この間から畑を耕しているところがあったと思ったらブロッコリーでした。

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これ、手で一本一本植え行くのですから大変な事です。都会の方は野菜を食べるとき

は心して食べてください。

白いビニールは初めてですね。成長を促すため、透明か黒のビニールをするのは見たこ

とがありますが。

川には亀かな?スッポンかな?子どもたちの話によればこの川スッポンがかなりいると

か。右はスッポンを捕るためのものと思います。何日も見かけました。釣り竿が置いて

ありました。取れたことはないようです。

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さて、昨日の宿題で地蔵がある場所を書くのを忘れておりました。雲仙市千々石町小倉名

の大繰子(うぐるす)と言うところです。ただ、普通は前垂れをしておりますので、顔しか見

ることができません。

P1040757

さて、次は下の像ですが、

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ゲバ帽子(神父さんが被る帽子なのかな?調べてもよく分かりませんでした。)を被りマン

トをきて靴を履いている。手にバラの花を持っている。(島原半島の切支丹文化より)

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よく見れば帽子を被っています。

P1040833

これがバラの部分なのでしょうが、向かって左の肩の部分ですが、石が風化してよく分か

りません。

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靴の部分です。

この神父像があるのは、橘神社裏の、この間のブログで書いた釜蓋城が

あったところが公園化されていますが、その、展望所のある一段下の所です。

    P1040825_2

日本の棚田百選の岳地区にある磨崖仏です。種本の島原半島の切支丹文化によれば

「クローバーの中に大日如来像が刻まれているが、頭部は頂頭仏で扁平鼻は三角鼻デウ

スであろう、すぐそばに幼児を抱いたマリアがいる。二つの像の背光は三つ葉のクローバ

ーである。三枚の葉から「三位一体」を象徴するデウス像であろう。」と書いてあります。言

われてみるとなるほどと思うのですが。

P1040800

説明に書いてあるマリア像です。磨崖仏のすぐ横の岩の上に作ってあります。よく見

れば膝の所に子どもを抱えているような感じですが、ただ、首の部分が補修してつないで

あるようなのですが、取れたのを補修したのかどうでしょうか?

最後の一つですが

P1040750

書こうと思ったのですが、近眼と老眼と眼精疲労が混ざって、段々字が見づらくなってきた

ので今日はここまで。申し訳ありません。年には勝てません。


2011年9月 5日 (月)

切支丹遺跡・遺物・かくれ切支丹地蔵等(雲仙市・千々石町)

あっという間に秋が来た感じの朝でした。例の通り歩いていると稲も順調に育っています。

P1040788

ところで、昨日の宿題はとけたでしょうか?

このどこがキリシタン地蔵と判断されたかと言うことでした。

Photo                     

島原半島の切支丹文化(かくれ切支丹の遺物と遺跡)の説明によると、                           

「円頭地蔵でω型、右手の4本と左手3本で7本、7はキリスト教の整数である。聖体(聖な

るパン)には星が彫られている。北斗七星を暗示している?」と言うことだそうです。専門

家の見るところは違いますね。星が彫られているのはおへその所です。


もっとも、作ったものがすぐに分かるようではかくれ切支丹遺物・遺跡とは言えないのです

が。下は有家町のキリシタン史跡公園にある宝篋印塔の笠部で、なんともないようなので

すが、上の部分を取り去ると、中に十字架が彫ってあるのです。

P1040683P1040672

このようにして巧妙に聖体、十字架などを隠しながら信仰をしていたのです。我々素人が

一見しても分かるようなものでは無いでしょう。



さて、また宿題です。下の写真が切支丹遺物のものと判断されたのはなぜでしょう?

真ん中の写真は磨崖仏です。

P1040399 P1040509_2 P1040750

(参考文献~島原半島の切支丹文化・かくれ切支丹の遺物と遺跡)



今、女子サッカーのオーストラリア戦を見ながら書いているところですが、がんばれ、なで

しこジャパン!

日本、勝った、勝った、勝った










2011年9月 4日 (日)

身近な野菜のなるほど観察記~家庭菜園家必見

今日は朝から墓の掃除に行ってきました。できて2年目の新しい墓地ですが、顔を良く合

わせる方もあり、挨拶をしたり、世間話をしたりするようになりました。こう言うのを「メル友」

ならぬ「墓友」とでも言うのでしょうか。そのうち「公園デビュー」のように「墓地デビュー」な

んて言う言葉もできるのではないでしょうか。


朝から少し雨が降ってきたので、土が軟らかくなったら耕そうと、堆肥を買ってきたのです

が、お湿り程度で残念でした。他県では被害まで出て大変なのに・・・


さて今日の本は家庭菜園をされている方には、必見の本です。とは言っても、野菜の作り

方の本ではありません。野菜に関する、由来、来歴等面白く書いてあって、読んで他の人

に薀蓄をかたむけるのも良いでしょう。野菜作りが楽しくなる事請け合いです。

P1040785

なかに描いてあるイラストも、目を楽しませてくれます。

P1040786

目次だけ紹介しておきますね。

「キャベツ~赤ちゃんはどこから来るの?」「レタス~キャベツには負けられない」「アスパラ

ガス~男たちよ、立ち上がれ」「ピーマン~空っぽな生き方」「メロン~傷だらけの王者」「ニ

ラ~怠け者と呼ばれて」「サトイモ~昔は良かった」「イチゴ~さわやかな裏切り」「ニンジン

~思えばいろいろありました」書けばきりがないのでここらで止めますが、菜園をやってな

い方にも楽しめる本です。マイブックに入れておりますのでクリックすればAmazonへ飛び

ます。


さて、宿題をひとつ、千々石には4~5体のキリシタン地蔵があります。近々取り上げようと

思いますが、下の写真、どこがキリシタン地蔵と判断されたのでしょう。では答えは近々。

Photo
                       (島原半島の切支丹文化 より)



2011年9月 3日 (土)

弓道士魂~平田弘史著

今日はかみさんが出張とかで、ストレスのない世界はいいですね。

かみさんがいないとき必ずやることがあります。風呂に入って、足をごしごしこするのです。

風呂の外ではありません。風呂のお湯のなかでやるのです。指の股のあいだ、足の裏、垢

がボリボリ出て、お湯の表面に垢がゾロソロと浮き上がります。まあ、自分のだからなんと

言うことはないでしょう。一回やってみてください。やみつきになりますよ。かみさんがいる

ときは叱られるからやれませんがね。


さて、今日はお気に入りの漫画です。三十三間堂通し弓しを描いた漫画です。

P1040736


毎年正月に三十三間堂で晴れ着を着たお嬢さん方が、通し矢(大的大会)をやっているの

がTVニュースに良く出ていますが、あれとはまったく別のものと思って良いでしょう。

正月のは60メートルですが、本に出てくるのは本当に三十三間(120m)を通すのです。そ

れも、縁側に座って24時間ですよ。

120m飛ばすだけだったら、そう難しくもないでしょう。わたしも、和弓も洋弓もやっていた

のですが、洋弓は最高90mの距離を打ちますから120m位は飛ぶでしょう。和弓も同じだ

とおもいますが・・・・

P1040727P1040719_2

P1040719

ただ、三十三間飛ばそうと思えばかなり弓を上に向けなければなりません。ところが上に

は庇があってそこに当たってします。低く構えると床に落ちてしまします。よほど、強い弓、

二十四時間弓を引く体力、精神力が無いとできるものではありません。


最初は、松平忠吉家の浅岡平兵衛重正という人が、夕方までかかって通した矢が51本だ

ったと言います。

それを聞いた諸国の大名が負けるなと言うことで、藩の威信をかけて挑戦させ、記録を破

れなかった武士で切腹もあったそうです。

費用もかかり、切腹して優秀な人材を失うことで、諸藩は手を引きますが、最後は尾張藩

と紀州藩の戦いになり、最終的に紀州藩の和佐大八郎が引いた総矢数が13,053本、

通し矢が8,133本だったそうです。その間の物語が書いてあります。

引いた矢が13,053本と言うことは約6.6秒に1本でこれを24時間ですから、恐るべき事

柄です。

もう、何回読み返したことか。とにかく機会があったら、一度お読みください。

もっと、書きたいこともあったのですが、女子サッカー日本対韓国戦がが始まりますの

で、ここいらで・・・



2011年9月 2日 (金)

秋~冬野菜の準備

久しぶりに、花屋さんに寄って見ました。

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やはり専門家はうまいですね。わが家でも少しばかり花を植えましたが、一番手がかからな

い日々草を植えました。水をやるだけで十分でした。まだ、元気に咲いています。

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さて、朝から森山図書館沿いの道を歩いてきましたが、もうすっかり秋の風景です。

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ついこの間までなかった落ち葉があちらこちらに、あれだけ見事に目を楽しませてくれた紫陽

花もすっかり枯れてしまっています。でも、これはこれで趣のあるものだとは思いませんか。

私はこんな枯れた風景に気を引かれます。


昼からは、畑作り。今年は、半分ほどはなにも植えませんでした。

随分前、長崎新聞に、あるお婆ちゃんが投稿をしていたのです。概略こんな内容でした。

「自分はいつも畑を耕し、草一本生やしたことが無かった。しかし、病気のため数ヶ月入院を

した。帰ってみると畑は草だらけ、でも耕すと土が軟らかく、大きなミミズがたくさん出てきた。

自然の力、回復力を感じた。」


私の畑と言っても20~30坪程度、ここは元来空き地で草ボウボウだったのですが、やはり

耕すと大きなミミズがわんさかと出てきました。

毎年、野菜を植えていると段々ミミズも出てこなくなりました。半分は、土を少し休ませようと

半年ばかりそのままにしていたのです。

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右が私の相棒です。これがないときはスコップと鍬で、2~3日かかっていたのですが、機械

を使うと半時間くらいですみます。でも、雨がここ数日降ってなかったので土が硬い硬い。ざ

っと耕してまた後は雨が降ってからということで。今日はこのくらいで終了。

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白のニガウリは良くなってくれました。フェンスに冗談で絡めたカボチャがなっていました。

あと、柿がぼたぼた落ちていました。何個残るのか心配です。

キャベツ、白菜、ジャガイモ、ニンニク、タマネギ、またいろいろ植えてみようと思っています。


千々石の沖田菓子屋と言えば虎巻きで有名ですが、かみさんが「ジャガメル」が気にいって

買ってきてくれと言うので森山からの帰りがけ買ってきました。

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左がジャガイモを使ったジャガメル(ジャガイモを使ったキャラメル)です。右の瓶に入ったの

がフィチュール。パン、ラスク、クッキー等に塗って食べる餡子の新しいかたちのものだそう

です。瓶の右の最中の皮みたいなものに塗るとおいしいと言うことで買ってきました、どちら

も、新感覚のお菓子でおいしかったですよ。千々石を通るときは買って来てみてはいか

がでしょう。





2011年9月 1日 (木)

橘中佐三つの墓碑(雲仙市・千々石町)

また、例の通り朝から歩いてきましたが、風が少しは秋を連れてきたようです。

橘神社に行くと橘中佐の遺品、関係品がある遺徳館があり、一度も入ったことがなかった

のを思い出して入ってみました。入場料100円。以前屋根が茅葺きだったのですが、補修

ができないというのでトタン張りにしてしまってあります。風情がなくなりました。茅葺きがで

きる人が無くなってしまったからでしょうか?

橘中佐の顔を銅像だけで、なかなかどんな顔か見たことがなかったのですが、肖像があり

ました。撮影禁止の注意書きがなかったのでパチリと一枚。

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軍神と言われるだけあってなかなか凛々しい顔ですね。

さて、外には絵馬がありましたが、季節柄、入学合格、就職祈願が多いようでした。

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社務所を見ると、神官さんがおられました。8月29日のブログで「橘中佐二つの墓」を書

きましたが、遺骨のことが気になっていましたので、伺ったところ、はやり静岡の陸軍墓地

と千々石と分骨をしていたそうです。

ところが、話をしていると、なんと名古屋の陸軍幼年学校(今は千種平和公園にあるそう

ですが)にも墓碑がありますよとのこと、確かに橘中佐は明治35年から、名古屋陸軍地

方幼年学校長を務めたことが事がありましたから、このご縁でしょう。

インターネットで調べるとありました、ありました。これなんですね。

なんと、橘中佐の墓地は3カ所あったのですね。、もうこれ以上はでないことを願います。

調べるのに大変で。

Cimg02861_2

神官さんに聞くと、やはりこちらにも分骨をしてあるそうです。

なお、詳しくはこちらをご覧ください。

さて、軍神橋の工事も表面の石の張り替えが終わったようです。9月21日から通られるよ

うです。もっとも車は通行禁止です。その他の工事は今年いっぱいかかるようです。

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帰りは、久しぶりにアイスを

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橘神社の国道にでています。シャーベットみたいな感じのアイスです。

TVにも長崎のアイスは良くでています。是非食べて見てください。懐かしい味がします。



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