2017年6月26日 (月)

島原藩旧士族・大村へ

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「記念碑」は記念碑ですが、なんの記念碑か知る人はほとんどいないかと思います。

場所は、大村市民病院の裏手で、前もってグーグルアースで調べたら、ありましたが、何年か前の写真で、新築のアパートなど建っていてアルカナ?とは心配したのですが、ありました。

以下の話は島原関係の本には載っておらず、「大村史話 続編1」に載っていたもので、長いので多少、省略したものになるかとは思います。

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明治維新、当然のことながら武家階級は全部クビ、今でいえばリストラされるわけですが、島原藩においては、旧島原藩主が東京へ引き上げる前、旧士族に対し下賜金を下されたそうです。

が、生活費に使っては無くなってしまう、ということで旧士族の授産、興業の経営主体として恒産会社を作ったそうです。

事業としては、官有地払い下げによる開墾、牧馬、牧羊等々を行ったそうですが、このような中、大村への24戸の送出も会社事業の一つであったそうです。
移住したのが、鉄砲丁(ちょう・町ではありません)の24戸、明治24年のことだったそうです。

少し、島原の話へ移すと「島原城の話(渋江鉄郎著)」によると、「上新丁(うわじんちょう)、下新丁(したじんちょう)、中ノ丁、古丁、下の丁を総称して鉄砲丁という。(中略)全部ではないが鉄砲を扱う歩兵階級が多く住居を与えられていたことも、それ以前からあった鉄砲丁の名のおごりである。(中略)松平氏の島原藩臣は、ほとんど祖先は三河(愛知県)出身であったので商家や農家とはおのずから言葉が違っていた。家中(城内)ことばと鉄砲丁言葉にも僅かな違いがあった。(中略)三河武士は『一徹者』が通り名になっていた。手に負えないほどの頑固さであったため他人にも迷惑をかけ他人から嫌われるものもいた。」とあります(現在はそのような事はありません)。

横道ついでに、島原には「江戸丁(ちょう)」というところがあり、これ、〇〇銀座の名前のところがあちらこちらあるので、この手かなと思ったら大違いで、島原藩の藩邸は江戸にもあり、江戸藩邸勤めの藩士もクビになるわけで、島原に帰る途中、肥後豊後(島原藩の飛び地領)に廻されたものもあったそうですが、「島原に帰って人々に住居を与えたところを江戸から来たので『江戸丁』という。」ということだそうです。

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さて、この大村へ移住した鉄砲丁の方は、苦労と努力があったそうですが、移住後40年目、記念碑の建立の16年後太平洋戦争が勃発、昭和16年海軍航空隊の大村設置が始まり、その敷地内に島原郷集落の土地が含まれていたため、接収され分散移転を余儀なくされたそうです。

「記念碑」の裏に次のように書かれています。

明治拾四年旧肥前島原藩二恒産会社設立スルヤ、我ノ父祖貮拾四名同会社ノ勧メニヨリ、同二十年閏四月一日此ノ地ヲ撰ビテ移住シ 爾来協力同心萬難ヲ排シ歳ヲ経ルコト將ニ四十年當時ノ父祖ノ労苦ヲ追想シ報恩ノ為メ此ノ碑ヲ建ツ

なお、その左の方に、「上ヨリ家順」として、名前が彫ってありましたが、「大村史話」に、当時の家の並びが載せてあり、最初が寺田家、永野家、尾崎家・・・・というように,そのままでした。


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                (「大村史話」より)

この話は、島原などでもあまり知られていなく、大村市民病院(国立の方ではありません)の真裏にあり、すぐにわかりますから機会があったら見てください。


【参考・引用:「大村史談続編1(大村史談会編)」「島原城の話(渋江鉄郎著)】




2017年6月25日 (日)

六部塔・六部さん~諌早市飯盛町

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暇なときに時々出して読む本です。面白ようなところがあったら、見に行きます。

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長崎市は江戸時代天領であり、上記の本の前書きに、「将軍綱吉は寛文九年(1669)七月二十六日松平忠房(注:島原藩主)を召して『長崎の事務を監督せよ』と命じた。忠房は参観の前後、長崎を巡視してその詳細を将軍に報告しました。
この長崎監務は家格として受けつがれ、松平忠雄は三十八年年間に50回余に及んでおります。(深溝世紀では、「長崎を監視す」となっています)。」とあり、この本は、そのお殿様が通った道筋が書いてありますが、同時に、伊能忠敬が測量をして辿った道でもあり、勝海舟、坂本龍馬が島原から長崎まで急ぎ旅をした道でもあります。
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先日、何気に見ていると、飯盛町に六部塔があるとかで、地図と当時の地図を見比べても、そう分かりにくくはなさそうなので、気楽に出かけたのありますが。甘かった。

説明には、こう書いてあります。

「六部さん」
この六部さんを建て替えるため(上の写真)の石を運ぶ途中、早坂の道があまりにも急なため、ここまで運びきれず、坂の脇に建ててしまったといわれている(下の写真)。

囲(注;圍が正解みたいなのですが・・)地区から牧野に通じる旧道の坂を登りつめた早坂(六部坂)の山中に六部塔がある。

本の写真でみると、六部さんは畑の中、六部塔の説明には(道路道下南下の10m先)とまあ、すぐに見つかるだろうと思ったら、畑の中には何もなし、でもう片方の六部塔の方へ行っても全然わからず。聞こうにも畑には誰もいず、という状態で、役場あたりで聞くか、とは思ったのですが、飯盛町は諌早市と合併で役所と支所間の異動があり、最近は地元の人があまりいなく(雲仙市も同じく)行っても同じだろうなと、〇Aの方が地元の方が多いのではと思って、たずねて行ったら全然でした。

ということで、日を改めて行ってよく見たら、「竜馬が歩いた道」の立て札があるじゃありませんか。要するに、道は間違ってない。

ふと、横をみると、らしき石があるじゃありませんか。で、本の写真と比べると少し違っている感じ。

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確認すべく、ウロウロ車で回っていると畑仕事のおばあさんがおられ、本を出して聞いてみたら、これがビンゴで、自分の畑を整地した時、畑の中にあって邪魔だから、脇に移したとの事で、ここで間違いありませんでした。

なお、もう一人、おばあさんとあったので、立ち話をしたら、比丘尼さんか巡礼の女性が行き倒れになって、弔ったとか。

とにかく、最近あちらこちらで地元の方と話をしても、食い違うところがあり、複数の方の確認が必要だと感じた次第です。

なお、石碑には文字なども彫ってなく、あとで見た六部塔とは違い、自然石の感じが強く、比丘尼さんか巡礼さんを弔ったという話が正解なのではという感じでした・・・本を書いた方が、誰から確認したのかですが。

なお、本の出版が平成13年ですから、土地の形が写真とは違っているはずですね。


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もう片方の六部塔を探しても、これがまったく分からず、一時間ほどウロウロしていたら、おじいさんと言うには若く、おじさんと言うには歳をとってる方の軽トラックが通りかかったので、聞いてみたら、昔旧道を使っていた時、見たことがあるとかで、場所を聞いたら少し上のカーブの所から入ったところだとか。

でもって、別れようか思ったら、「暇だから、連れて行くよ」。これが、実は非常に助かり、とにかく左の写真、大きな道は近年できた道で、矢印が旧道だとか。

入っていくと、これが本当に旧道で、お殿様とか、伊能忠敬とか、勝海舟とか、坂本龍馬が通った道かと思うほど荒れておりました。

話では、昔は一年に1.2回、草払いをしてきれいにしていたとか。テーラー程度なら通れたそうですが、今は使わないので、この状態。


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少しばかり行くと、ありました。こんなところに、という感じですが・・・

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「六十六部」についてですが、手元の郷土史辞典では

「六部(ろくぶ)」
六十六部の略。日本全土66か国を回国し、国ごとに法華経1部ずつ納めることから、この名が起こった。(中略)鎌倉~江戸時代に起こってきたもので、江戸時代にはきわめて盛んとなった。66所の霊場も、六十六部の流行にともなって成立したものである。(中略)六十六部の場合は、宗教専門家が、宗教の過程で人の没後をの菩提をとむらうところに真意があったので、
巡礼ほどには街道での一般人の接待はなかった。むしろ江戸時代中期より売僧や贋僧の物貰いにまちがえられるものが多くなった。

とはありますが、「江戸の用語辞典(時代小説のお供に)」では

「六十六部」

六十六の経典をを全国の国分寺などに納めて廻る僧侶の事でございます。江戸後期にはほとんどが偽物で、お布施をもらう【物乞(ものごい)】でございました「六部」とも申します。

とありますが、「比丘尼」にしても、ネットの「大辞林」では➀では「出家して定めの戒を受け正式に僧となった女子。尼僧。尼。びくにん。」とはなっていますが、④では「江戸時代、尼僧姿の下級の売春婦。びくにん」となっており、出雲のお国の歌舞伎も、あとで真似をする「遊女歌舞伎」になり、売春に関係することになり、この「六十六部」さんも、時代とともに性格が変わってきたのではないかと思います。

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さて、この「六十六部塔」、裏ですね、見逃しましたが、「飯盛町郷土史」によれば、「寛政寅年」と彫ってあり、ということは「寛政六年(甲寅)」、1794年で今から223年前の「六十六部塔」になります。

中央には、「奉納大乗妙典六十六部是廻国之塚近江住浄心」。

下の方に12名ばかりの名前が彫ってあり、この石塔を立てた地元の人かと思ったら、「大坂」「備後」「若狭」「丹後」「大串」などが見え、名前も「是心」「閍入」「?禅」など行者らしき名前も見えますが、「藤兵衛」「太七」「杢兵衛」などの一般人とおぼしき名前も見え、この12名、果たしてどうな関係だったのでしょう。

さて、このような貴重なもの、このまま山の中に眠らせておいていいのでしょうか?諌早市さん。といっても、役所の中で、文化面が一番弱い部署ですから、言っても無駄かな weep

2017年6月23日 (金)

「クラフトボス ラテ」飲んで「週刊ポスト」「週刊現代」

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昨日、ブログを書いて「保存」のボタンをクリックしたとたん、書いたものが全部パー。で、気を持ち直して再び書きます。

ところで、この間「クラフトボス ラテ」の事を書きましたが、また、同じコンビニに行ったら、あったんですね。2本。もちろん、買ってきましたが、これで最後になります。で、「クラフトボス ラテ」飲んで「週刊ポスト」「週刊現代」

さよなら平成 その時起こること
■天皇生前退位とともに「新元号」”候補”が判明

昭和から平成に変わったとき、書類の書き換えなど少しバタバタしたことを覚えています。関係する職場は大変でしょうが、今回は生前退位になり、十分時間があるので、大丈夫かとは思いますが。


さて、ポストさんと現代さん、それぞれ有識者の意見を載せていますが、現代さんが「喜永(きえい)」「景永(けいえい)」「感水(かんすい)」「化永(かえい)」。
ポストさんが、「感永(かんえい)」「喜永(きえい)」「景星(けいせい)」で、同じのもありますね。

ただ、「これらが人目に触れた瞬間、『絶対に採用されない案』へと変わってしまうのは前述のとおり。・・・」ということで、上に書かれた元号は皆さんの目に触れたので、「この中から新元号が出ることは絶対にないこともお伝えしておく。」だっていうことです。


■嫌われ菅義偉 安倍に「逆切れ」した夜
■不潔な、あまりに不潔な安倍政権の恥部
■政局の鍵を握る「車椅子の副総理(候補)」谷垣禎一「執念の復活」スクープ撮

■菅官房長官を狼狽させた東京新聞女性記者の"聞く力”

今回の国会はひどいものでした、各大臣の何を言っているのか分からないような答弁。挙句の果ては変則的な議事運営。政権末期ではないかと思います。

なんとなく、菅官房長官との不和やら、安倍政権に対する批判が身内から出てきているようですが。

TVでも放送していましたが、菅氏の定例会見で女性記者が、事務方から「同じ趣旨の質問はやめてください」と制止された事にたいし、「きちんとした回答をいただけていると思わないので、繰り返し聞いています。」と言っていましたが、東京新聞社社会部の望月記者だそうです。官邸の記者クラブの皆さんも見習ってほしいものです。

■なぜ、巨人の若手から茂木や鈴木誠也が出てこないか
■栄光の巨人軍「失敗の本質」

「栄枯盛衰は世の習い」。「巨人軍は永遠に不滅です」ではありません。

■警察官の「異常な性欲」がとまらない
■母子3人殺害事件身内の犯行に福岡県警「捜査よりも取材妨害」の異常事態

「神奈川県警が特にひどい」「なんと交番の中で〇E〇!」「女子中学生にまで手を出す」「不倫相手に捜査機密を漏洩」。

ところで、現職警官が家族を殺害した事件、原因等の発表もされてませんね。

最近は、警察どころか、役所職員、学校の先生までですね・・・日本はどうなるんでしょう?

■今週のへぇ~、そうなんだ

「慶應幼稚舎の給食はホテルニューオータニが調理している」そうです。お父さんのお昼ご飯、おいくらでしょう?1,000円はないでしょう。多分500円くらいかな?

京都の立命館小学校は、「県を隔てた滋賀県のびわ湖大津プリンスホテルに給食を委託。」しているそうです。

なんとなく、食事にたいする、有難みが分からないようになっていくのではないかと思うのですが。終戦直後の食糧難を子供心に見ていた世代として。

■死ぬまで死ぬほどSEX

「ベストセラー官能小説『女が〇れる〇ッ〇ス』自選名場面」

■80年代「AV黎明期」を語ろう

両誌とも、私がいない間に、パワーが随分落ちたな punch 「喝」




2017年6月21日 (水)

千々石海水浴場閉鎖

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先週の6月15日の長崎新聞です。「千々石海水浴場が閉鎖」との記事に、ビックリしました。

潮流のせいか、原因は不明ですが、砂が少なくなり、ご覧のように石がゴロゴロして利用者の安全確保ができないために閉鎖になり、シャワー、更衣室等の利用を取止めるそうです。

遊泳は自由ですが、自己責任でということになります。


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昔は、向こう側からこちらまで屋根付きの桟敷があって、お客さんでいっぱいだったのですが・・・

海水浴客の減少は少子化、プールでの利用者が増えたせいもあると思います。お隣の市のプールは夏休みは一杯になります。海に子供を連れて行くより、プールの方が楽だし。監視は行き届いているし。という事だと思います。多分。

右の写真の鉄骨、手前が監視所、向こう側が桟敷。本当に桟敷は小さくなりました。

ここの海岸の松林は、島原城を築き、島原・天草一揆の原因を作った、松倉重政が築いたものなのですが。


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海を見たら、二つばかりブイが・・・・

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松林も松くい虫にやられ、松が段々少なくなり、白浜は石だらけになり、千々石の名物が一つ減り、淋しいかぎりです (;ω;)

とは言っても、福石様方面から見る夕日は、絶対的に美しいのでお越し下さい。

またの日に、砂が戻るのを祈りつつ・・・・・


 

2017年6月19日 (月)

求めよさらば与えられん~「クラフトボス ラテ」



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左の二本が「クラフトボス ラテ」、一番右が「クラフトボス ブラック」。

なんで、この写真を載せたかというと「クラフトボス ラテ」がお店に無いんですって。

土曜日の長崎新聞に、下のようなお詫びの広告が載っていて、「クラフトボス ラテ」が当初の想定を大幅に上回り、今後の注文に供給量を確保できないことから、体制が整うまで、出荷を一時停止せざるを得ない状況だそうです。

でもって、無いとなれば欲しいのが人情。まして、探求心の塊の私。さっそく、ご近所のコンビニ、ストアを7,8軒回ったら、本当にないんですね。一番右の「クラフトボス ブラック」は、大量にありましたが。

そんで、昨日の日曜日、土曜日に行ってなかったコンビニを回って5件目。お~、なんとあるではありませんか。7,8本。「求めよさらば与えられん」。実感しました。


もちろん買ってきました。新聞記事によれば、「出荷を一時停止」しますですから、もちろん、土、日曜日にお店に入荷したものではありません。売れ残った分になります。このコンビニのお客さん、新聞を読まなかったのか、「クラフトボス ラテ」には興味が無かったのか、でしょうが。今日も諫早方面に行くついで、3,4軒覗いてみましたが、本当にありません。

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まがい物ではなく、ちゃんとしたものです。私が中身を入れ替えたのではないのは、ラベルを見ていただければわかると思います。

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お味ですね。ラベルに書いてあるように・・・

BOSSは手間を惜しまない
本当に良い豆か。旨味を引き出しているか。ブレンドは最適か。
200を超える工程で職人の目が光る。手間を惜しまない。
BOSSのクラフトマンショップがつまったおいしさです。

さて「カフェラテ」「カフェオレ」「カプチーノ」。それぞれに入れ方は違いますが、原料は、「コーヒー」と「牛乳」です。日本語で昔は(今も)「コーヒー牛乳」です。

あの、「コーヒー牛乳」の一番おいしい飲み方は、「大衆浴場」にいって、風呂からあがり、腰に手をあて、ビン入りの冷えた「コーヒー牛乳」の一気飲み。あれ、家の風呂あがりにやっても、あまり、おいしくないんですね。はやり、大衆浴場。

さて、「クラフトボス ラテ」、大衆浴場で一気飲みしたら美味しいんでしょうが、肝心の「大衆浴場」がありません。隣町は、小浜の温泉街ですが、温泉なんて高級浴場では雰囲気が合いません。やはり、「大衆浴場」です。という事で、我慢して家の風呂あがりにでも一気飲みを。

都会の方で、「クラフトボス ラテ」を飲まれたい方は、田舎までお越しを。どこかにあるかしれません。「住めば田舎」 cafe 。もっとも、通販でも買えるみたいですが、昨日時点では・・・






2017年6月17日 (土)

「仏眼の相」を持つ男

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「『仏眼の相』を持つ男」とは、私の事です。

思えば、中学校の時から占いに興味を持ち、手相、人相、姓名判断、四柱推命等々勉強をしましたが、結論として、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」かな?というところでした。

以前書いたと思いますが、水商売の女性の方の手相が意外と当たる、というより、話術の問題になりますが、大体、当たっていると思わせるテクニックがあって・・・

「手相見てあげようか?」
「いいの?ただ?」
「もちろん」、と柔らかい手などを握りながら。
「意外と、胃腸が悪くない?」
「うん、そうなの」
夜遅くまで酒飲んで、聞きたくもないおじさんの愚痴聞いて、あわよくばと口説く助平ジジイ相手にして、胃も痛くなるのは当たり前でしょう、100人のうち99人は当たります。

「男運が少し悪くない?」
「そうなの」
これも、当たり前で男運が良ければ玉の輿で、夜のお勤めは必要ありません。

「✖いち?」
ここで、違うといわれたら、「近く結婚する相があるよ、注意した方がいいね」と、ここは誤魔化しの話術。「違う、✖3」と言われたこともありましたが・・・ここの誤魔化しの話術を覚えれば、信用は増します。

と、あと、2,3の技術があるのですが、これは㊙。これで、大体、もてます。

最期に「でも、幸せになるよ」を忘れないように。占いは、人を幸せにするためにあるのです。よくTVで他人を「あなた不幸になるわよ」とわめいている女性占い師がいましたが、あれは本当の占いではありません。

さて、最近「仏眼」というのが流行っているみたいで、一番上の写真、親指の第2関節に仏様の半眼みたいな相があります。

私の指ですが、これを持たれた方は、金はたまる、女性(男性)にはもてる、願い事はかなう、ということはなく、霊感が強い人だそうです、もしくは、先祖の霊が守ってくれているそうです。詳しくは「仏目」をネットで検索すると分かります。

確かに、私も行き詰ったり、車の運転であわや、という事がありましたが間一髪でした。何かに守られているな、と感じることはあったのですが・・・

先日、お祓い、祈祷をされる方がおられ、別件でお伺いをし、ついでに霊視をしていただきましたが、私の横には、お坊さんがきちんとして座っておられるとか。

詳しいことは父から聞き忘れましたが、確かに私の類縁にはお坊さんがおられるとか。ひょっとしたら、その方が、私の守護神なのかという感じがするのですが・・

さて、もう一つ、生命線、頭脳戦、運命線、知能線が交わるところ、下のようにきれいにMを描いていますが、これも幸運の線だそうです。私のは両手にあります。


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毎日、カミサンから怒られていますが、これも、カミサンのストレス発散のお手伝いをしていると思えば幸せなものです。

「仏眼」「M字」を持っている方は意外と多いようですが、「仏眼」「M字」を持とうが持つまいが、毎日を感謝して過ごせれば、それが一番幸せだと思うのですが。

ただ、「仏眼」「M字」を持っていても、お金は欲しいし、女性にはもてたい、酒は飲みたいし(現在ドクターストップ)、キャバクラには行きたい、と毎日煩悩の日を送っている日々ではあるのですが・・・・・皆さまの幸せを祈りつつ・・・・合掌





2017年6月16日 (金)

具合が悪くても「週刊刊ポスト」「週刊現代」

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前立腺ガン治療の影響か、残便感が強く。先日、病院に行って、「残便感は、毎日飲んでいる緩和剤(便を柔らかくするお薬)のせいですか?」「うんにゃ、放射線のせいやろ」ということで、多少具合が悪いのですが、「具合が悪くても『週刊ポスト』『週刊現代』」。(注:影響は少しづつ治るそうです)

なお、以上の理由で、例の記事はカットします。期待していた方、ゴメンチャイ。

■安倍晋三と「蜜月」すぎる読売社内もどん引きの声

「・・・ウチが前川前文科次官の『出会い系バー通いの記事を独占掲載』したことで、読者から非難されている真っ最中。あまりの恥ずかしげのなさに、現場は、どん引きですよ」。

なぜ、どん引きかというと、「主筆、取り締まりクラスならいざ知らず、現場を総括する政治部長までが首相と酒を飲むなんて、完全に『身内』になってしまったんだと・・・」

まあ、あの新聞社のオーナーがオーナーですから。

■「安倍支持率」の”底”が抜け始めている小心者の偽善者がビビッている

あの世論調査というものよく分かりませんね。

森友学園、家計学園問題があったにもかかわらず、NHKの調査では、安倍政権の支持率は微減でした。

ところが、北海道新聞の世論調査では、支持率が12ポイントのダウン。日経新聞電子版「クイックVote」でも71.7パーセントあった支持率が改憲提案後に52.4%、加計学園問題後が26.7パーセント。ただし、「いずれも回答者は50代、60代の男性が中心だった。」そうです。多分、戦中のことを実体験した方から聞いた、最後の世代になると思います。

NHKのインタビューで、若い方が安倍政権を支持する理由として、「生活が安定しているから良いんじゃないですか」と答えていました。どちらかというと、若い世代に安倍政権を支持している方が多いようです。

今日のニュースで戦中、戦前の「教育勅語」を、教育法に抵触しなければ教えてもいいんじゃない、という事を言っている学者さんがいるとか。

右傾化する時代、最後に待っているのは「徴兵制」です。徴兵されるのは「生活が安定しているから良いんじゃない」という世代で、私たちお爺ちゃんは関係ありません。

徴兵制になるかならないか、それは、あなたがどの政権を選ぶかで、あなたの責任です。特に若い方には考えてもらいたいと思います。

徴兵制なんかこない?甘いですね。歴史を学んでください。できれば経験者の方から。

■あっという間に逆転小池百合子「都議選圧勝」最新データー

都民ファースト「5→46議席」。自民「57→37議席」ですって。
小池百合子さんの人気50%、国会での自民党のドタバタ劇50%の影響でしょう。・・・豊洲問題が気にかかりますね。

■銀行員「大失職時代」がやってくる

最近のAIの発達は素晴らし、過ぎる。という事で、私も9級ながら囲碁教室に通い、オセロ、チェス、将棋界の名人がAI(人工知能)に負けるのを横目に、まあ、ありうるな、でも、囲碁は無理だろうと思っていたら、負けました。

とにかくAIの進歩はすごく、「銀行員」のみならず、一般職の仕事はAIが引き受け、多分専門職も喰われてしまうでしょう。

で、人間は何をやったらいいのでしょう。知的労働?そんなもん、将来はAIにかなうわけありませんよ。まして、高度な知的労働ができる人間ばかりじゃなし。
私も含めてですが。

とにかく、現在、中間管理職の方はご用心。「AI太郎 経理部長を命じる」という辞令が張り出される日も、そんなに遠くはないかと。

■愛知県警が犯人に情報をバラしたという情報を福岡県警がバラした

警察が犯人に情報を漏らした、ですか。警察のタガが外れてしまったのかな。むかし、小学校でなりたい職業に「お巡りさん」というのが必ず入っていたのですが・・・

■ついにブラタモリが”敵地”上陸 タモさん「名古屋ぎらい」は直ったの?

タモリさん、名古屋を「エビフリャー」とか言っていじって、「親の敵のように名古屋をネタにしていた」のですが、「ブラタモリ」の舞台に名古屋を選んだそうです。これには名古屋の人が大歓迎だったそうです。

「ブラタモリ」は今回が第4シリーズで、第1回目が長崎でした。ですから、名古屋はどうでもいいんジャガニャアー。

■実はラジオ体操は「膝」と「腰」をいためます

2か月間の入院中、運動不足になるので、スマホにラジオ体操を入れて、毎日していましたが、真剣にやるとかなりの運動量になります。

ラジオ体操が始まったのが1951年で、平均寿命が男性60.8歳、女性が64.9歳ということで、60歳以上の人が毎日行う前提では作られていないのだとか。

とは書いてありますが、記者さん、現代の60歳代見てください。昔は腰が曲がっていたのが、今、腰が曲がっているのは80歳代以上です。皆さん、ウォーキングなんて早い、早い。

とはいっても、注意は必要で、ラジオ体操をする前に筋肉をほぐすウォーミングアップ。「運動するなら夕方がいい」ということだそうです。効果はあるそうですから、ボチボチと。

■巨人軍崩壊「ああ無策!」由伸監督を解任せよ

昔は、「巨人、大鵬、卵焼き」といっていましたが、現在の巨人のていたらくですね。「喝、アッパレ」のおじさんが、調子のいい時も、悪い時もあると弁護していましたが、調子のいい、悪い以前の問題もあるような。

最も、野球は嫌いで(運動神経が鈍いのでしたことありません)TV放送も見ないので、どうでもいい問題なのですが。

■謎の廃部の真相に迫る 永遠のPL学園

あ~、これ本の宣伝でした。でも、あのPL学園野球部に何が起こったのでしょう?



2017年6月15日 (木)

大村にて

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今日は大村の病院へ肝機能の検査。半年に一回検査をしもてらっていますが、血液検査があるため、朝飯抜きで腹の減る事、減ること。結果は、まあまあで無罪放免。

今の病院は、美容院あり、コンビニあり、マッサージありで便利になりました。探しましたが、キャバクラはありませんでした。


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「ランチパスポート」を持っていたのですが、診察時間終了までに少し時間がかかったので、病院のレストランで食事をすることにしたのですが、おや?お店屋さんが変わっていました。さすが、病院のレストランだけあって、メニューには、カロリー、タンパク質、糖質、塩分の表示。

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ここが良いのは10階にあることで、大村湾を望みいい景色。で、しばらくするとドクターヘリが出動。昨日は、千々石にも降り立っていましたが、出動回数が多いとか。患者の方が無事なら良いのですが・・・ちなみに、私の知り合いも運ばれたことがありますが、あまり乗り心地はよくなかったとか。

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昼食はチャンポン。カロリーが一番低かったからです。長崎といえばチャンポンですが、野菜、肉、炭水化物、エビ、アサリ、イカ等入っていて、これさえ食べていれば、他はいりません。世はラーメンブーム(少し落ち着きましたが)ですが。ラーメンよりチャンポンが断然いいのは分かりきったことで、長崎のラーメン屋さんで行列ができるところはマレです。

テラスを見ると何やら見慣れないものがあって、ワイヤーが張ってあったので、多分、ハト、カラスよけでしょうが、こんな手もあったんですね。


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いつものように、病院のギャラリーを覗くと、今回は木工作品。
諫早の眼鏡橋。根気よく彫ってありますね。


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かわいらしい作品もありますが、私好みの作品もあって、これ、いいですね。

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他に、どうしても寄りたい所がありましたが、途中諫早公園があり、スマホで調べると、菖蒲の盛りは過ぎたが、まだ、見ごろだということで、寄ってみると、まだまだ十分見られますね。

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とはいっても、枯れた分は刈り取っていましたが、多分、今週いっぱいまでは楽しめるのでは思います。オタマジャクシも泳いでいて、久しぶりに見ました。写真では分かりませんね。

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帰りのお土産は、もちろん大村寿司。カミサンと二人で食べたお寿司はおいしかったけれど、「これ、いくらしたの」とは尋ねられました。なにか、尋問にあっているみたい。

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2017年6月13日 (火)

「応仁の乱」は難しい

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よせばいいのに、中公新書「応仁の乱」がかなり売れているとかで、買ってみました。もとはといえば、高校の授業の時、寝ないで聴いていればよかったのですが・・・・

読んでみて、とにかく人間関係の複雑さ、その中で、各家の争い、そして各家での内訌(ないこう:内輪もめ・内紛)、それがもとで対立する相手との連合。
とまあ、頭の回転の悪い私には、途中までしかついて行けず。

それで、「戦国時代前夜~応仁の乱がすごくよくわかる本」を買い求めましたが、この「すごくよくわかる」に何回だまされた事か、「一週間でよくわかる英会話」、「よくわかる経済学」、「よくわかる女の口説き方」等々。まあ、「よくわかった」事は、ほとんどありませんでしたが、この本は図が多く、エピソードが簡潔にまとめられ、意外と頭には入りました。


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先日、本屋さんへ行ったら左の本、石ノ森章太郎さんの「応仁の乱」のマンガ本が置いてあって、ついつい手が出ちゃいました。

家に帰って手に取ると、表紙が何か変。表紙カバーが二重になっていて、上の表紙カバーをとると、右の表紙が現れました。ようするに、右の表紙では、「応仁の乱」を扱ったものとは分かりにくいので、左の表紙カバーに変えたのでしょうが、何となく、便乗商法という感じがしますね。

さて、「応仁の乱」。石ノ森章太郎の表紙に書いてあるように、「ぐだぐだの展開、ヒーロー不在。・・・・『地味すぎる大乱』」ですね。難しかった (^-^;





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