2020年1月20日 (月)

「iPhone11」★スマホは踏まないで・・・

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先日「iPhone11」の事を書いたばかりですが、3日ほど前、車を下りるとき何か落としたなとは感じたのですが、大きな荷物を持っていたので、そのまま歩いたら、何やら「ガシャ」よくみるとスマホを踏んじゃってました。

保護ガラスを貼っているので大丈夫かな、と思いつつも、踏んだときの音がなんとなく不吉で、保護ガラスを剥ぐと上の写真のとおり、丁度耳に当てるところと自撮りのレンズのところにヒビ、ですね。


内部に故障がないか試してみたらOK、ネット、メールその他すべてOK。いまの若い人、スマホの画面にヒビが入っても平気で持っている人が多いですね。オジサンの世代としては、なんでもきちんとしていないと気が済まないので、一瞬買い換えを考えました。


が、買うときにAppleCareに入るか、docomoのケータイ補償サービスに入るか迷ったのですが、docomoの方に入っていたので、これ、補償の対象になるかな?と思ってショップに電話すると「大丈夫すっよ」ということで、ショップに持ち込んでもOKですが、直接関係の部署の電話番号を聞いて☎しました。


全面のスクリーンの張り替えは1週間~10日かかるとかで、そんなに待てはしないので、「ほかに何か方法はない?」と聞くと、リフレッシュのスマホ(要するに買い換え、故障などをキチンとしてあるスマホ)ならあります。ということで、調べてもらうと、色、容量ともまったく同じなのがあり、ただ、11,000円(だったかかな?税抜き。ネットでも申し込みOK、10%引き。ただ、補償サービスにはいろいろな制約はあります)だということですが、もったいないとは思いつつ、これで契約をしたら、明日の18時~20時には着くとかで、本当かなとは思いましたが、本当というか16時頃には到着しました。早いこと早いこと!ということで、昨日は以前書いたように2台並べてデーター移行(説明書有り)。


ところが、途中で中断して上手くいかなく、リフレッシュのスマホはリセットして、それまでの設定などはすべて消して、傷ついたスマホは強制終了ということでやり直したら1時間ほど(途中での設定は若干あります)ですべて元に戻りました。


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下の写真、左が傷ついたスマホ、右がリフレッシュスマホ。Appもすべてそのまま移行したことが分かると思います。Appについては、この時点ではまだインストール中なのがあり、全部復帰するのに時間がかかります。

なお、LINEは古い方のスマホでデーターの移行手続きをしておいてください。また、Appについては起動するとID、パスワードを求められるのもあり、これ、ちゃんと記録しておいてください。私も、2,3忘れていたのがあり、大変でした。


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リフレッシュでどうかな?とは思いましたが、バッテリーチェックなどするとすべてOKでした。なお、旧機は10日以内に戻すようにということで、着払いの返却用の封筒も同封されていました。ショップに持って行ってもいいそうです。

皆さんも、スマホは踏まないで・・・ご注意を。



2020年1月18日 (土)

「時計塔」があったげな・マジで~長崎市浜町★長崎の古絵葉書④

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最近古絵葉書を集めて、「諏訪神社の『靑銅の大鳥居』」「『蛍茶屋』と『一の瀬橋』」「『浦上駅』が『長崎駅』」ということで紹介をしましたが、浜町の絵葉書を見ると何やら時計塔が写っていて、あれ?時計塔があったけ?

ということで、長崎の写真集をあせってみると、下の写真、「ふるさと思い出の写真集 明治大正昭和 長崎」(越中哲也・白石和男共編)に載っていて、ただ、この時計塔については「現在の長崎第一の繁華街浜の町通りで、時計塔が写っているのが珍しい、大売り出しのときには一割引がはやった時期である」との説明で、どこの店屋の時計塔かは書いてありません。

もう一冊の本「アルバム長崎百年 長崎浪漫 写真でしのぶ明治・大正・昭和」(ながさき浪漫会)にも載っていて、横型の写真ですが、風景、歩いている人が同じなので、同じ写真からとったものだと思われます。こちらの説明は「浜の町商店街と思われますが今と比べれば道路が少し狭い感じもします。このころの浜の町の表店(おもてだな)の道路は三間二尺(約六メーター)でした。当時としては勿論、大通りでした。 大正時代」となっているのですが、時計塔については何も触れてありません。

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最後に見つけたのが「アルバム長崎百年 華の長崎」(ブライアン・バークガフニ編著)。さすが、ブライアンさん。説明は「浜の町鉄橋方面を臨む。右手は佐々木時計の時計台。左の洋風建築は活動写真常設館『喜楽館』。屋根越しに長崎県庁が見える。」ということで、この時計塔「佐々木時計」の時計塔でした。

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で、佐々木時計がどこにあったかというと「長崎浜の町繁盛記」に「明治末期浜の町」ということで「市丸茂の記憶図」というのが載っており、本当は左右に長いのですが、私のスキャナーでは入りきれないので、主な部分だけ載せると(クリックすると拡大します)、緑の所、右から「岡政呉服店(後の岡政デパート)」「長崎警察署」「石丸文行堂」。赤いところ一番右が「佐々木時計店」。このころもう一軒時計屋さんがあったみたいで左の赤の所が「谷口時計店」。

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「浜の町繁盛記」には明治の終わりの本通を中心とした主な商店の紹介がしてありますが、時計店として「佐々木時計店 佐々木熊吉 東浜町35」「谷口時計店 谷口三郎 同11」の記載がありました。

昭和10年の図では見当たらず、この頃は店が無かったのではないかと思われます。昭和36年の浜市商店連合会加盟店では時計店として「岡本時計店」と「稲田時計店」が載せてありました。


佐々木時計店の時計塔、残っていれば名物になっていたと思うのですが・・・



2020年1月16日 (木)

「レオナルド・ダ・ヴィンチの童話」★西村暢夫・渡辺和雄共訳・裾分一弘監修

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レオナルド・ダ・ヴィンチの童話です。ダ・ヴィンチといえば、「モナリザの微笑」ですが、芸術のみならず科学の面でも優れたものを残しています。

この本を見たとき、ホンマかいな、とは思いましたが、ホンマです。どんなかというと、一つだけ書き写してみます。



「小猿と小鳥」

小猿がね、とってもかわいい雛鳥、捕まえたんだ。
かわいいな、かわいいな。
小猿はね、小鳥を抱きしめたり、転がしたりしたんだ。
そうしたらね。
小鳥はね、死んじゃったのさ。
かわいがりすぎて、死んじゃったのさ。
あんまり強く抱きしめたからさ。
いいですか、お母さん。
あなたもね、子どもをただかわいがるだけでは、いけないんです。


現代にも通じるというか、いつの時代にも変わらないものを感じます。


寓話的なものを多く含んでいますが、ウィット、ユーモアにあふれ、自然を良く観察しながら書いている童話が沢山あります。


さて、ダ・ヴィンチの童話は解説の裾分一弘氏によれば、「寓話に関していえば、レオナルドは、先人の著作から転写、ないしはその文節を借用しながら、それを彼自身の流儀にしたがって改作、翻案しています。」と書いており、プリニュウスの「自然誌」を例に挙げています。


ダ・ヴィンチは、クリストフォロ・ランディーによるイタリア版を使っているそうですが、比較すると、「レオナルドは、もとの文節をかなりの部分にわたって書きかえていることがわかります。書きかえた部分が、まさにレオナルド自身をかたっています。その箇所から、レオナルドの人柄や、性格や、人生観等をうかがうことができるのです。」ということだそうです。


で、この本を読んでもダ・ヴィンチの童話の全貌は分からないようで、ブルーノ・ナルディーニ氏の前書きによると「この本はレオナルドが残した『童話』と『物語』を集めたものです。もちろん、全部ではありません。なぜなら、あるものはとてもグロテスクで、非現実的であり、別の本にまとめられるべきだ、と考えたからです。」という事で、この方面の童話が読めないと、ダ・ヴィンチの姿が分からないと思われます。


どんな「童話」なのか、早い出版が待たれます。



2020年1月14日 (火)

「iPhone11」~2,3の事

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昨年10月iPhone11を買いました。いささか旧聞になる事なので、ブログに書くかどうか迷いましたが・・・最近、ボケたのかスマホをどこに置いたか忘れることが多く、赤をチョイス。

実は、今年春と秋に新型が出るのが分かっていて、これを買おうと思っていたのですが、少し試したい事があったので手を出しました。


新しい機種に変えると、データーの移行が面倒くさく、今回は古い機種と新しい機種を並べてデーターをそのまま移行することができるとか。


ショップで古い機種を下取りに出すと、そのままショップに置いてこないといけないじゃないですか、で、結局ショップの中で移行をしなければならない。ただですね、これが1時間ほどかかる。


最初お近くのショップにいって、かくかくしかじか、場所を貸してもらえれば自分でやるよ、と申し出をしましたが、店員さん、なんとか、かんとかで、いい顔しないんですね。で、「じゃここでは買わない」ということで、次に家電屋さん行って聞いてみたら前のショップと同じ。「じゃここでは買わない」。

3軒目にいって同じ事を聞いたら、あっけなく「良いスょ」「マジ?」「マジマジ」ということで、買いました、お値段は古い機種の買い取り価格が高く、思ったより安くですみました。


データー移行は最初だけ店員さんが操作。あとは、空いたブースに案内され、画面が色々と変わり、途中操作が必要なところもありましたが、1時間で終了。


新しい機種を見て操作すると、古い機種のアプリ(アプリよっては再インストールも必要)もメール、その他もそのまま、以前はiTunesを使っていたのですが、はるかに便利。ただ、時間はかかります・・・


FaceIDについては、以前は眼鏡を付けたのと、付けないのでは認識しないことがありましたが、iOSがバージョンアップしたためか、iPhone
11からそうなったのか分かりませんが、二つのFaceIDが使えるようになって、眼鏡をはめていても、外していても認識できるようになり、便利ですね。

さて、今日の朝、いつものように起動させたら、左の画面はでました。上へスワイプするとホーム画面が出るはずなのに、右のように真っ黒。再度電源を切っても同じ事。いつものように、強制終了させて再起動させたら直るかなと、右の電源ボタンと左の音声+ボタンを同時に押してもムダ。


ということで、アップルのお助けセンターに電話をかけたら、音声の+を押して、すぐに-を押し、右の電源ボタンをしばらく押すとリンゴマークが出てきますということで、言われた通りにしても中々リンゴマークが出てこないので、あせりましたが、しばらくするとリンゴマークが出て、無事復旧が終わりました。


あとで、ネットを調べると強制終了は機種によって違うらしいんですね。


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今日は午前中、あせりまくりで疲れました。つくづく私の生活がスマホ無しでは不便だということを感じました。といっても、逆にスマホが使えなかった間は、なんとなく落ち着いた気分もしましたが・・・



2020年1月11日 (土)

第四回「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」

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「えんがわ・一畳の気まぐれ資料館」も第四回を迎えました。

「千々石の古(こ)絵葉書」「原城の乱関係の絵図・軍記物」「物語の挿絵原画・アニメーションの資料」ということで展示をしましたが、アニメーションの方は子どもさんが興味を持っているのか、えんがわの家主の西田さんの方でもFacebookで宣伝をしていただいたせいか、市外からも、子ども連れで見に来られた方もおられ、展示をした甲斐がありました。


今回は新年、春らしいものをと、栗原玉葉、森川青坡の掛け軸と正月用引札の展示をしました。


栗原玉葉、森川青坡についてはあまり知られていないと思いますが・・・・ざっくりと書けば・・・・


栗原玉葉は長崎県南高来郡吾妻町(現雲仙市)明治16年生まれ。梅香崎女学校で学び上京、私立女子美術学校に入学、卒業時には184名を代表し壇上に立つ。

研鑽を積み各種美術展に入選。特に、第七回・八回・九回・十一回・十二回の文展、第三回帝展に入選。一時は、西の松園(上村松園・女性初の文化勲章受章)東の玉葉とも呼ばれ、同時代を代表する女流作家として活躍。
残念ながら39歳の若さで夭折したため、時代のなかに埋没し、一般的には名前も忘れられていましたが、昨年、長崎歴史文化博物館で特別企画展が開催され、再び関心を集めるようになりました。

上の写真左側が栗原玉葉。玉葉は婦人雑誌、少女雑誌にもかなりの数の表紙、口絵を描いていますが、掛け軸の下に並べているのがその雑誌です。


森川青坡は長崎県(多分長崎市)明治34年生まれ。右の掛け軸。京都で伊藤小坡、西川翠嶂に学ぶ。第九回・十回・十一回・十二回の帝展に連続入選。かなりの力量だという事が分かります。昭和19年の美術展出品後、画歴、消息、没年とも不明。上の右の写真は絵葉書になっていたもので、第九回帝展の出品作品「嶋めぐり」。時代としてはモダンな作品です。


今回の展示は合わせて「正月用引札」の展示。


引き札は、ざっくり言えば、チラシ、ポスター。江戸時代からありましたが、明治のころから色彩豊かになり、大正時代にかけて最盛期。その後、印刷技術の発達により衰退しますが、特に正月にお得意様、ご近所に配られた引札は「正月用引札」といわれ、明治ロマン、大正ロマンを感じさせます。三つ折り、四つ折りにして熨斗(のし)を付け配ったといわれています。残念ながら長崎の「正月用引札」は見つけきれませんでした。引札については以前どこかに書いたような?・・・(^_^;)


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座敷の障子が寂しかったので、こちらも利用させていただきました。

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チラシです。予算の関係から、ご町内限定の新聞の投げ込みになります。クリックすると、大きく、読みやすくなると思います。多分。急いで書いたので、「松園」を「玉園」と書き間違えました。弘法も筆の誤り<(_ _)>。
雲仙市内の方は図書室に配る予定なので、ご利用を。


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入場無料。会場は千々石郵便局の近くです。通りかかられた折はお立ち寄りを。3月末まで展示。お客さんが多いときは延期します。なにせ「一畳の『きまぐれ』資料館」だから。展示期間は、あって無きが如し。




2020年1月 9日 (木)

「大切な人に食べさせたくないもの食べてほしくないもの」★南清貴著VS「日本人よ、『健康神話』を捨てよ」★文藝春秋新年特別号

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食品の本についてはAmazonで調べると、すごい数の本が出版されています。それ全部読んで実践したら、食べるもの無くなっちゃいますよ。

古くは紅茶キノコ、ココア、エゴマ・アマニ油、等々。昨日のNHKあさいちでもオメガ6とオメガ3の放送をしていました。


で、放送があるたび紹介された食品は全部売り切れ状態。健康食品を求めウロウロする姿はまさに”健康難民”。確か五木寛之さんの本に「健康という病」という本があったと思います。冗談で「健康のためなら死んでもいい」と言った方もいましたが・・・


私も一読して、参考になるところは参考にしようとは思いました・・・・


先日、文藝春秋の新年特別号「『英語教育』が国を滅ぼす」の記事を紹介しましたが、その記事の次に「日本人よ『健康神話』を捨てよ」という記事があり、なかなか面白かったので少し紹介を。


塩野七生さんと新見正則さんの対談になります。塩野七生さんはイタリアを中心とした小説家、ローマ在住です。新見正則さんはオックスフォード大学医学博士。


読んでると塩野さん、タバコを吸うんですね。

塩野:「ところで、タバコを吸ってもいいかしら?」
新見:「どうぞどうぞ。好きな人が吸うことは大丈夫ですよ。嫌いな人が吸うから嫌いなんです」

と、まあ、おおらかな対話。


新見さん、イグノーベル賞を取りましたが、マウスに音楽を聴かせる実験をしたそうです。


「心臓移植をしたマウスは、免疫の拒絶反応によって、平均では七日しか生きられないのですが、これは音楽を聴かせることでどれだけ延命できるかという実験です。/一番効いたのは僕の好きなヴィバルディのオペラ『椿姫』。生存期間が平均で四十日間まで伸び、百日以上生きたマウスもいました。次に長かったのは、モーツァルトで、平均二十日間」


ということで、私もさっそく「椿姫」を買って、iPhoneに入れて聴いています(健康難民みたいですが)。マウスと人間では違いもあるかと思いますが、私の頭の中身はマウス程度なので、これ、効果があると思います。なお、石川さゆりさんは残念ながら効果は無かったそうです。


「健康オタク」「不安を煽る”健康産業”」「週末期医療」「老いや死を受け入れる」「キリスト教は”不安産業”」「タバコ嫌いは一神教」「バランス感覚が大事」と言うことで、なかなか面白く、参考になる対談が続きます。


「”健康法”のほとんどは、一時的に流行ってすぐに廃れてしまうのがほとんどで、ブームになっている間に、資本主義の理論でお金を回して、
消費者を煽っています」。今の健康食品、健康法、私も数冊の本を持っていますが、異常ともいえる宣伝、高齢者の方が健康に不安を持つ現在、確かに書いてある通りだと思います。

「僕は、結構、死の話もします。『あなたのいろんな訴えも、死んだら治るよ』と。すると、皆、結構喜んで帰ります(笑)・・・・」


読んで、受け取り方は様々だと思いますが、健康について考え直すのにいい記事だと思いますので、機会があったら読んでみてください。数頁なので、立ち読みもできます。お近くの図書館、公民館の図書室などにも置いてあると思います。



2020年1月 7日 (火)

橘神社の「七草粥」の振る舞い

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今日1月7日は、いつものように橘神社で「七草粥」の振る舞い。いつものように、七草の見本と押し花が飾られていました。

朝から雨で、今日はお参りの人が少ないかなと思い、最初に神社にお参りに行ったら、拝殿一杯の人のお祓い。後で聞けば、わざわざ波佐見町からのバスツアーで、この後、雲仙に行って温泉神社にお参り、お風呂に入って昼食、島原の霊丘神社へお参りとか。


で、こりゃいかんと七草の振る舞いの所へ急ぎました。とにかく、これだけの人がドットくると無くなってしまう。


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最初は左側のようにボチボチという状態だったのですが、団体のお祓いが終わるとアッというまに満員でした。早く食べて、よかった。

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いつものように神社で採れた梅で作った特製の梅干し。いつもの味の七草粥。神社で食べる七草粥は家で食べるのと違ってありがたみがあります。

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ということで、夕食も思ったとおり七草粥でした。

 

            昼夕と七草粥の続きけり
            夫婦茶碗年に一度の七草粥
            コンビニに七草粥はなかりけり




2020年1月 6日 (月)

「#あなたを幸せにしたいんだ」★山本太郎とれいわ新選組

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先の総選挙の時、記入台の前に政党の名前の一覧があり「れいわ新選組」と書いてあって、いやにふざけた政党名だと思いました。

ところが、最近、YouTubeで代表の山本太郎さんが街頭で参加者の疑問、意見などに答える集会の様子が放映されていました。


まあ、ビックリしました。なにがかというと、街頭演説などは候補者が一方的に喋るだけじゃありませんか。某首相の演説会など、ヤジを飛ばすと警察が排除ですよ。


ところが、この山本代表、どんな質問にも真摯に答えるんですね。何種類かの集会の様子を見ていると、酔っ払ってひどい質問をする人もいるし、分けわかんない女性がクドクドと同じ質問をするし、偽善者だという人もいるし、カッコつけだと言う人もいるし、中学生の質問もあるし、それに対し実に真面目に答えているんですね。


いまどき、こんな政治に情熱を持った人がいるかというと、まあ、国会などを見ていてもいませんね。特に、自民党の皆さんは、首相におべんちゃらを言うばかりだし。質問時間のムダ使い。


山本代表、言うことがブレなく、消費税の廃止、第1歩として消費税5%まで引き下げ。いま、野党の共闘が言われていますが、山本代表、この5%を飲むなら共闘に参加する、しないのなら独自候補を百名立てる。


いま、政治がひどい状況になっていて、モリカケ問題、最近の「桜を見る会」。国会での内閣の答弁、官房長官の会見。プラーバシーの問題で名簿は公表できない、反社会的の定義が曖昧だ、書類はシュレダーにかけた等々。アホらしく見ていられませんでした。


さて、この本には、令和新選組のみなさんの意見、インタビューが書かれていますが、メンバーがなんと創価学会の人まで交じっているという驚きの方々。裏表紙の帯に書いてある各々の意見。


■山本太郎 れいわ新選代表

「生きててくれよ!死にたくなるような世の中やめたいんですよ」
■舩後靖彦 難病ALS当事者、参議院議員

「全難病患者・障害者が幸せな社会は、みんなが生きやすい社会です」
■木村英子 重度障害者、参議院議員
「障害児と健常児を分ける教育は、差別を簡単に生み出します」
■野原善正 沖縄創価学会壮年部
「政治を改革するための手っ取り早い方法は、公明党を潰すことです」
■元東京電力
「原発で抱えた借金を再稼働で儲けて促す。こんなふざけた話ないと思いませんか」
■安冨歩 東京大学東洋文化研究所教授
「子どもを守るというのは、私のような人間を作らないことです」
■三井義文 元銀行員、元セブンイレブン・オーナー
「目立たなくても一生懸命やる。この日本人の『心』をコンビニが壊した」
■辻村千尋 環境NGO職員
「日本1個分の暮らしをしましょう。これをぜひ僕の名前より広めてください」
■大西恒樹 元JP、モルガン銀行為替ディーラー
「人間としての価値を、もう一度問い直す戦いだと思ってます」
■渡辺照子 元派遣労働者、シングルマザー
「ド庶民が、働くものが、貧乏人が、今の日本を変えなくて誰が変える?」

現在、二世議員が増えてきました。相変わらず、地盤、看板で国会議員になっています。国会も舩後さん、木村さんが国会議員になられました。国会議員も、もっと多様性を持った人が多く参加した方が良いのではないかと思っています。


私としては、まだ、山本代表の意見、参加者の意見の答え方に疑問を持っていますが、今度の国会を見ながら、次回の総選挙への態度を考えようと思っています。


山本代表の集会はほとんど街頭で行われ、室内での集会と違い、通りすがりのヨッパライ、分けわかんない人、もろ攻撃する人もいるわけですが、本の表紙に書いてあるように「『山本太郎なんて大っ嫌い』申し訳ありませんが、私、そういうの大好物です。」と言うことです。これ、集会の様子を見ているとよく分かります。


へたなTVドラマより面白いので、是非YouTubeで集会をご覧下さい。



2020年1月 3日 (金)

陶器製鳥居「宮地嶽・天満宮神社」そして「諌早神社」幻の陶器製鳥居~長崎市・諫早市

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長崎市八幡町にある「宮地嶽八幡神社」。ここに「陶器製鳥居」があります。二ノ鳥居が「陶器製鳥居」。
説明版は下の通りですが、クリックすると拡大します。

私がこの鳥居に興味を持ったのは、以前、諌早神社の肥前鳥居の事を書いたとき、小澤さんという方からコメントをいただき、諌早神社の鳥居につき本を紹介していただき、このコメントの中に「諌早神社にあった陶器製(甕器)鳥居が」と書いてあったので、マジ~と思ってネットで調べたら、佐賀県の「陶山神社」「松原神社」とここ長崎市の「宮地八幡神社」の事が書いてあったからです。他にも2,3情報がありましたが、これは該当するところが見当たりませんでした。


「宮地嶽神社・天満神社」の鳥居は「文化庁 登録有形文化財 景観重要建造物」「長崎市 景観重要建造物」「長崎県まちづくり景観資産」に登録されています。


佐賀県の「陶山神社」の鳥居は「明治21年 奉納」とあるそうです。


「松原神社」は多分「佐嘉神社」神社の敷内社みたいです。現地案内版によると「明治23年庚寅10月」「製造 岩屋久吉」「角物細工人 鐘ヶ江長作」「丸物細工人 峰熊一」となっているそうです。


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見事な唐草模様です。

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作られたのが明治21年。製作者が「製造人 岩尾久吉」「角物細工人 金ヶ江長作」「丸物細工人 峰熊一」。書いたもので無く焼き込んであります。佐賀の「松原神社」は「明治23年」ですから、こちらの方が先に作られた事が分かります。
「金ヶ江」「鐘ヶ江」の違いはありますが、他の二名は同じなので、同じ職人さんが作ったのでしょう。

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触るなチューのにと書いてあるのに、見ていたら皆さん触っていました。おかげでキズが入ってました、ということは無いでしょうが・・・

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神社です。拝殿(後ろに本殿があります)と案内版。案内版はクリックすると拡大します。八幡神社は昔「大覚院」と言っていたのを、明治の神仏混交廃止により「八幡神社」に改称したそうです。「相殿の宮地嶽神社は明治11年(1878年)福岡県宗像郡宮地嶽神社の分霊が奉祠されたものである。」と書いてありますから、ネットあたりでは「宮地嶽神社」と書いてありますが、「八幡神社・宮地嶽神社」が正解とは思うのですが、あまり細かいことは言わないで・・・

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とはいえ、「八幡神社」「宮地嶽神社」が並列で書かれていました。
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外に、境内社が色々と祀られていました。

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狛犬さん、形から見てかなり古いみたいで、なんとなく犬さんみたいでカワユイ。流行の💓ストーンで真ん中の矢が良いですね。ハートを射止めるですね。グッドジョブ。

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おじいさんがいたので、聞いてみたらこのあたりも随分と変わって、昔は神社の向こう側はシイの木などがあり、よく遊んだそうです。また、原爆が落ちたときは、家の柱などは残ったものの、壁などは崩れ落ちたそうです。原爆の中心地とは一山隔てていますが。鳥居もよく残ったものだと思います。

「宮地嶽・天満神社」の鳥居は素晴らしいもので、長崎も、もっとPRしても良いのではないかと思いました。とにかく、調べた範囲では日本に3基しかない鳥居です。是非、皆さんにも見てもらいたいものです。撫でないように・・・


さて、諌早にあった陶器製の鳥居です。小澤さんから紹介された「鳥居考」(津村勇著)に下のように書いてありました。


「長崎縣・縣社諌早神社の境内には左圖(注:下の写真)の如く、『大正八年當村内崎左衛門寄進、細工人品川利夫』」と書かれています。なお、小澤さんによれば「この鳥居、諌早街道にあった小松亀山焼製なのか山口牟礼焼製なのか議論があるところです・・・」と書かれてあって、かなり郷土史を勉強されている方と思われます。


この場を借りて、お礼を申し上げます。


さて、私の手持ちの本「鳥居の研究」(根岸榮隆著)にも諌早神社、松原神社の鳥居のことが書いてあり・・・


「記録によると、昔江戸に陶器の鳥居もあつたそうであるが、普及性が無かったものと見えて遺物はない。現在では長崎縣諌早神社に大正八年に造ったのがあり、佐賀の松原神社にも小型のがある。にしても、残念ながら大したものとは云えない・・・」


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とはいえ、この鳥居、諌早水害で流失しまい今はありませんが、残っていて欲しかったと思います




2020年1月 1日 (水)

本当の「初詣」~橘神社情報(雲仙市千々石町)

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昨日、初詣の前詣の事を書きましたが、子どもが帰ってきたので、今日また神社巡りをしてきました。

朝から天満宮、千々石の温泉神社へ「本当の『初詣』」、墓参り(二ヵ所)、親戚回り。したら、カミサンが願い事があるとかで、雲仙の温泉神社へ行き、釈迦堂を見て、大黒天を見て(以上は以前ブログに書いているので写真は省略)、で、家に戻ったら四時半。


そのまま歩いて橘神社へ。お参りの人が多いかなと思ったら、昨年より若干少ない感じ。社務所はお守りとか、破魔矢とか、おみくじを買う人で一杯。
まあ、そう待たなくても、お参りも社務所での買い物もできる状態でした。

ただ、国道は混みます。国道は混むので、橘神社をパスして小浜・雲仙方面に行く方は、商店街の道を選ぶ人もいますが、これまた道路が一杯になっていて、どちらが良いかは運次第。


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左の場所、いつもは農具とか、竹の細工物を売っていたテントがあったのですが、空間が寂しい。
参道も昔は左右に出店があったのですが、段々少なくなってきているようで、悲しい。

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駐車場は少ないので、役場の駐車場を開放しているようですが「満車」の看板。地元の人は道を知っているので、中学校に停めていますが、左の写真の様にバカな停めかたをしているのもいて、これじゃ神様にいくらお願いしても、きいてくれないでしょう。

途中ブラブラして久しぶりにポケGOをしていたら、ピカチュウさんと出会い「お久しぶり~ネ、おめでとうございます」と挨拶をされました。


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忘れていました、以前紹介をしましたが千々石の温泉神社で長崎県神社庁発行の「神社廳暦」を買いました。これ持っていると、県内の神社の行事がベラリ書いてあるので、祭り好きな方には超便利です。「一月廿七日(日)対馬市厳原町豆酢・雷神社・例祭・亀ト神事(旧暦)」などです。

あと、「もぐら打」「苗しろごもり」「風鎮祭」「山の神のせち洗い」「二日灸」など、まったく知らない、知ってても曖昧にしか知らない一年の行事の説明もしてあるので、チョットした知識を得るのに役に立ちます。お求めは、各神社の社務所に聞けば分かると思います。確か2、3百円だったかな?



2019年12月31日 (火)

一足お先に「初詣」

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今日、1月31日、一足お先に「初詣」に行ってきました。

おかしい?だって、結婚式の写真撮りだって、前撮りするのが当たり前じゃありませんか。だったら、初詣の前詣があっても良いじゃないっスカ。


ということで、一番身近な「天満宮」から。天正少年遺欧使節の一員、千々石ミゲルのお父さんが龍造寺に滅ぼされた時、”この地に平和を”ということで、天満宮の建立を願って亡くなり、時代を経て建てられた神社です。


千々石ミゲルは戦火をくぐり抜け、大村に落ち延びています。抜け穴ではないかと言われる穴(崩れていますが)もあります。


天満宮の写真は拝殿。本殿はこの後ろにあります。ただ、ここまで来るのは階段がキツくって・・・


なお、この神社の上が釜蓋城になります。グラウンドができてますが、お年寄りのかたに聞いたら以前は畑があったとかで、やはり館などがあったと思われます。


以前、隣町のかたが「千々石ミゲル」なんて知らないと言っておられましたが、KTNテレビ(東京では見られません)で「ローマへ渡った天正少年~千々石ミゲルの選んだ道~」ということで、1月2日午後2時35分から1時間の特集番組で放映されるそうですから是非ご覧下さい。この天満宮にも撮影が来たそうですから多分写ると思います。


右の映像、天守閣みたいなのが写っていますが、これ、単なる展望台です。天守閣ではありません。この展望台を作ったところ、某行政機関から、天守閣があったと誤解される、という苦言があったそうです。

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次に、千々石町の守り神「温泉神社」へ。ここは、雲仙の温泉神社の分社になります。

昔は「四面宮」。旧四面宮は千々石町、有家町、吾妻町(ここは「温泉神社」の名前です)、諌早(諌早だけは「諌早神社」になっています)。今は、あちらこちら温泉神社がありますが、本来の「温泉神社(旧四面宮)」はこの四社です。


いつものように、知恵の輪ではなく「茅の輪」が準備されています。


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お屠蘇に御神酒に白酒、ノンアルコールの甘酒。飲み放題、かどうかは知りませんが・・・

今年初めてお目見えの「願石」。「願石」に触れ、願い事を書いて下の箱に入れるそうです。「これどうしたの?」と尋ねたら、町村合併で以前、「雲仙市商工会千々石支所」がありましたが、これも雲仙市商工会一本になり、千々石支所もなくなり、そこに飾られていたのが「願石」。捨てるわけにもいかないので、神社に移したものだそうです。グッドアイディアですね(^_^)v。


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最後が「橘神社」。大門松があなたをお待ちしております。

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ということで、初詣の前詣が無事終わりました。皆様も来年も良いお年を・・・🎍。




2019年12月30日 (月)

久しぶりの週刊誌「週刊文春」

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久しぶりの週刊誌ネタです。と思ったら、最近も週刊文春のことは少し書いて、前回は文藝春秋でした。ボケてるな・・・反省。

先日から、年賀状書き、カミサンが高血圧でバッタリ(口だけは相変わらず)、一人で墓掃除、知っている人の通夜、葬儀と、いつもより慌ただしい年末でした。


「週刊文春」は、「1月2日9日  60周年記念新年号特大号 特別価格470円」でした(お~、もう週刊誌は正月かよ)。最近は文春砲といわれるようにスクープが続き、チョイと買って来てみました。


■進次郞政治資金で「不倫ホテル代」・幽霊企業に”ポスター代”4千万の怪


二世の政治家、芸能人が増えました。良いか悪いかは分かりませんが、例えば農家にしても、大工さんにしても、職人さんにしてもは意外と二世、三世さんが多いですね。農業は二世さん、というより先祖代々ですが、こちらは段々減ってきました。お医者さんも二世が多いですね。お坊さん、神主さんは大体先祖代々。親の姿を見て子は育つのとおり、親の影響も多いと思います。


いずれにしても、ちゃんと仕事をしてもらえれば良いのですが、特に政治家の二世さんですね。


進次郞さん、クリト・・・失礼、では無くクリステルさんと妊娠、結婚、環境大臣になってから精彩がないですね。クリステルさんの顔、官邸内のインタビューでどアップでTVに映し出されましたが、失礼ながら目尻の所、シワが多かったです。

進次郞さんが人妻と浮気したとか、TVのアナウンサーと付き合っていたとか・・・昔の芸能人、政治家はこんなもんじゃありません。進次郞君、色の道にかけてはまだヒヨコ。考えれば、昔の貴族の仕事は、恋愛と和歌を詠む事じゃありませんか。「源氏物語」などオンパレードですよ。

久保田万太郎が妻との家を出て、愛人宅に身を寄せますが「連翹やかくれすむとにあらねども」という句を詠みます。なんとなく後ろめたさが滲んだ句です。「連翹」と「かくれすむ」の取り合わせが実に良い。せっかく、浮気、不倫などをするなら、進次郞君もこれくらい洒落た句などを遺して貰いたいものです。

さて、不倫、浮気は許すとしても、その不倫相手との密会に使ったホテル代金に政治資金を使ったとか。真相は不明ですが、もし本当なら、これ、我々の税金ですから、絶対に許しません。


また、ポスターを幽霊会社に普通の価格より高い価格で作らせたとか、裏では何かありそうな。詳しくは本誌をお読みください。


進次郞君、以前みたいに歯切れの良い、しっかりしと国民が納得するような説明をしないと、このままじゃ二世としては失格ですよ。


■松潤「絶交宣言」「二宮、ふざけんな」


すみません、この「松潤」とか、「二宮」とかいう方、全然知らないので、ここパスします。


■愛子さま「帝王教育」を望まなかった雅子様


愛子様18歳になられました。あっという間でした。愛子様、雅子様についてはマスコミがかなりスキャンダラスなことを流しました。また、愛子様が一歳の時、お忍びで”公園デビュー”をされた時、報道陣が居並び、一般の人も大勢集まって騒ぎになったそうです。当時の雅子様は「何をやってもうまくいかない」と八方塞がりの気持ちになられ、翌七月、適応障害と発表されたそうです。


今から先、「女性・女系天皇」の問題が再燃しますが、政治の駆け引きにしないで暖かく見守ってほしいものです。


皇室を嫌う方もいますが、連綿として続いた流れを考えると、はやり、日本人の心の中には、皇室に対する何かがあるのではないかと思うのですが・・・


■あぶない薬決定版15「疾患別」リスト


「糖尿病の薬」「コレステロール、尿酸値を下げる薬」「抗認知薬」「抗生物質」「風邪薬」「抗インフルエンザ薬」「痛み止め、胃薬」「目、耳の薬」「頻尿の薬」「抗がん剤」ということで、薬の名前も書いてあります。私、心臓、血糖関係、泌尿関係、神経症の薬と十種類ほど毎日飲んでいますが、該当するのは無いみたいで安心しました。


もっとも、各種週刊誌を読んでみると、色々と書いてあり結局どれを信じればいいのかよく分からない。私の知人のおばあちゃんが、総合病院で、薬を何十類も貰って、面倒だから全部捨てていたそうです。家族の方が心配して病院に相談に行ったら、2種類の薬に減ったそうです。皆さんも薬のことで心配ならお医者さん、薬剤師さんのご相談を。


■「死後の手続き」2020年版


・節税に使えるのは ・公正証書遺言がベスト ・葬儀、埋葬でもらえるお金 ・揉めない墓じまい ・デジタル遺品の罠


私も、父母2人の葬儀をしました。で、葬儀関係については、知人・親戚への連絡、葬儀社との打ち合わせ、自治会へのお手伝いのお願い(以前は自宅で葬式をしていたので大変でしたが、現在は葬儀社がほとんどしてくれるので楽になりました。自治会のお手伝いは受付くらいになりました。その分味気なくなりましたが・・・)、役所への連絡、貯金がある場合には金融機関へいって手続き、保険会社への連絡等々、大変でした。

で、この記事には、7日以内に何をするか、14日以内では、早めに、4ヶ月以内、10ヶ月以内、3年以内、無制限内と手続きの仕方が書いてありますから、切り取って保管していると便利。


上記は、経験上なんとかやれます。で、現代、注意しなければいけないのが、「パソコンのパスワード」「携帯電話のパスワード」「取引のあるネットの金融機関」これは確かに、しっかり伝えておきましょう。「伝えておきたい人の連絡先」(これは、年賀状を見ていけば大体分かります。新聞には死亡欄があり、葬儀社の方から載せるか載せないか聞かれます。家族葬ですませたい方は、載せないように。)

なお、愛人をお持ちの方は、あとがゴタゴタしますから慎重に。


■浅田次郎✕磯田道史~江戸に学ぶ「経済学」


浅田次郎さん「大名倒産」を書かれたそうす。先日、本屋さんに行ったら並んでました。

磯田道史さんの「武士の家計簿」以来、この手の本が続々出版されました。数冊読んで、最近食指気味なのでパスしました。上下で3,250円と高いので、図書館に入ったら読む予定です。

と、まだあるのですが、カミサンがまだ寝込んでいて、今から晩ご飯の準備ということで、今日はおしまい。



2019年12月26日 (木)

「『英語教育』が国を滅ぼす★文藝春秋1月号~読みながら思いつくままに

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今度は小学校で英語の授業が始まるとか。おまけに、タブレットを使った授業もあるし、学校の先生方も大変になりました。

さて、文藝春秋「『英語教育』が国を滅ぼす」とあったので、読んでみました。思いつくままに・・・


英語の民間試験がお流れになりました。「一回の検定料が五千円~二万五千円」と書いてありますが、試験会場は限られており、離島の対馬なんかに住んでいると、福岡会場に行くには飛行機又はフェリーなどを使わなければならず、運賃+宿泊料でいくらかかるのか?本当に延期(まだ正式の中止にはなってないようですが)になって良かったと思います。これって、公平じゃ無いですよね。


英語教育に関しては、ご存じのように「英語が話せないと国際競争に負けてしまう」そのため「これからの激しい社会変化に耐えられる人材、グローバル人材の育成」が目標となった訳ですが、この人材とについては、書いてあるように「英語を使う可能性のある職業(たとえば外交官、商社マン、スチュワーデス)などにつきたい希望をもった者」で良いんじゃないかと思います。

その子どもたちが「中学校で全力で勉強すれば良い。・・」ということで、確かに勉強というものは、目的を持つ、あるいは興味をもった者にしか効果はありません。私、このような目標を持たなかったので、英語は学校で10年間習いましたが「アイアムアペン」「デイスイズアボーイ」と「アイキャンノットスピークイングリッシュ」程度にしか話せません。


商社マンの方が取引先の家に招かれたとき「縄文式土器と弥生式時はどう違いますか」「元寇は二度ありましたが、二つはどう違ったのですか」と尋ねられたそうです。


この著者自体も「漱石の『こころ』の中に出てくる先生の自死と三島の自殺とは関係があるのですか。」と聞かれたそうです。


あなた、答えられますか?


タイ、サウジアラビア大使を務めた外交官の故岡崎久彦は「外交交渉において勝負は結局のところは『教養と人間的な魅力』なのです。」と語っているそうです。


結局「話し方より話す内容なのである」「グローバル社会で生き抜くため、若いうちに充分に鍛えるべきは、英語ではない。読書を通じ、知的充実にはげむことなのである。」と、まったくその通りです。


英語をペラペラ喋るようにするには簡単で、私の大学の同級生が全くのネイティブ英語を話しましたが、ただ、書いてあるものは、まったく読めない、で「英語を話すのはペラペラで、なんで書いてあるのは読めないの?」ときいたら「立川基地でアルバイトしていたから」。


英語の検定試験はヒアリング、スピーチが中心なのかな?高い金払って塾にいかないで、バイト料貰いながら英語を習った方がベターですね。基地が無いなら、一年ばかり英語圏の国にほったくりやること。私の知っている人の英語が全然ダメな息子が一年ばかりアメリカに行って、ウロウロして帰って来たら、英語ベラベラでした。


さて、上の商社マン、著者に対する質問を見るとかなりハイレベルな方々だと思います。多分、私たち凡人にこのような事を聞く外人はいないと思います。では私たちはどうするかというと、この記事に書いてあるように「・・・京都の寿司屋に寄った。店主に『京都だから外人も多いでしょう。外国語はどうされていますか』と問うと『これがありますから』といって白色の、手のひらに載る機器を得意げに持ってき。店主は『これはすぐれもので、日本語と数十カ国語の同時通訳をしてくれるんです。・・・』」と言ったそうです。最近、はやり出した翻訳機ですね。


ついでに、12月24日の長崎新聞です。対馬で仏像盗難事件がありました。日本人と韓国人がつるんだものでしたが、記事中「日本語と韓国語のやりとりには携帯電話のアプリを使ったという。」と書いてあり、思わず笑いました。犯罪者も翻訳アプリを使う時代、英語を小学校から教えるのはどうなんでしょう。


もちろん、志をもっている方は英語を一生懸命勉強することが必要、私たち凡人はアプリで結構。いまや、ほとんどの人がスマホを持っているでしょう。学校で一律に英語を教えても効果は無いと思います。大事なのは、先生と生徒の触れあい、ムダな時間を使うより、先生と生徒が楽しく遊んで触あうこと。先生が生徒のことを良く見れるので、イジメも自殺も少なくなると思います。


学校の先生はITだの英語教育だの、また大変だと思います。昨日のニュースで学校教員の志望者数が減少してきたとか、こんなことも影響しているのでしょう。また、私、学校の先生とかなり数で付き合いがあるのですが、英語の教師を除いてはまったくダメでした。小学校の先生はモチのロン。本当に喋れたのはただ一人でした。朝から英字新聞などを読んでいましたが「海外援助派遣」で外国に行った先生でした。


2019年12月23日 (月)

上塩浜「クリスマス・イルミネーション」~雲仙市千々石町上塩浜自治会の皆さん

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毎年、私たちの目を楽しませてくれる「上塩浜のクリスマス・イルミネーション」です。電気の光では無く、ローソクの炎の灯りですから暖かみが違います。なんとなく、ホットする灯りです。とはいえ、このローソク全部に火を付けていくのは大変です。

多分、昨日がオープニングだったのでしょうが、あいにくの風と雨。で、今日通りかかったら準備をしているらしく、夜に出かけたら見事に出来上がっていました。イルミネーションは明日までだそうですから、通りかかられた方はご観覧を。


いつものゆきだるまさん、1年間どこに隠れていたのでしょう。


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こちらは今年のアイデア賞で、だるまさんの横の光のツリーとか、欄干に飾ってありましたが、ビールのジョッキーとか、ビールのピッチャーとか、コップとか、海苔のビンとかに絵を描き、ローソクの炎に照らしだされ特にきれいでした。ビールのジョッキが多いのでビックリしましたが、話を聞いたら料理屋さんの食器の入れ替えで、不要になったものを貰ってきたそうです。

右の写真は教会などのステンドガラスをイメージしたものとか。

 
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干の上の飾られたもの。これ、ロマンティクな絵が描かれていました。右は多分、子どもたちが描いたものかな?

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クリスマス以外にも、こどもの日、七夕の時にも川沿いに飾り付けをし楽しませてくれます。人の手もいり大変だと思いますが、上塩浜自治会の団結力を感じます。

「自治会不要論」もありますが、隣の人とも付き合いが薄くなってきた現代、このようなイベントを通じながら、人が集まり地域を作りあげていくことが必要だと思いました。



«「橘神社大門松竣工祭」~雲仙市千々石町橘神社

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