2018年6月18日 (月)

「唐比(からこ)ハス園・唐比湿地公園」~諫早市森山町唐比


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梅雨に入ったからもうボチボチかな、と思って唐比湿地公園(ハス園)に行ってみました。

以前は「唐比ハス園」と言ってみたいですが、「唐比湿地公園」が正解かな?食用の蓮根と観賞用の蓮根。こんなにちがいます。

上の写真、雲に隠れている山が雲仙岳です。

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意外と咲いていて、10時頃行ったら、皆さんウロウロとご鑑賞。「わ~キレイ」とか、「きれいじゃん」とか、「綺麗どすな」とか、「みどか(千々石弁)」とか「ちゅらさん(沖縄弁)」とか「けっこい(静岡弁)」とかいうなかに、「イェッポヨ(韓国弁)」とか、「ワンダフル(アメリカ弁)」とか「トレビアン(フランス弁)」とか「ナントカカントカ」と、方言と外国語がまじって(マジ)、いよいよ国際的になってきたようです。

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自撮りですね。「撮りましょうか」といったら、断られましたが・・・

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で、ハスの種類によってはまだ、充分咲いてないところもありますが、ツボミがどんどん膨らんでいます。少したつと満開ですね、

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写真を撮る方は、花が大きいので、雨が降ったあと、強風が吹いたあとは花びらがかなり乱れていますから、天候が安定したときに行ったほうが無難です。

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睡蓮も地味ながらボチボチと。

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通路の部分もシーズン近くなのか、一部補修。ほんの少しですが、ヒマワリ畑も。

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ということで、そろそろ見頃なのでお越しのほどを。




2018年6月16日 (土)

「かくれキリシタン・カクレキリシタン・隠れきりしたん」


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6月24日~7月4日に開催される、ユネスコの世界遺産会で「長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺産」が指定を受けるような風向きです。確か以前は「長崎の教会群とキリシタン遺産」といっていたようですが、イコモスの勧告で構成を変えた記憶があります。

島原方面は、外海、生月、五島等と違い、はっきりした、かくれキリシタンの「組」がありませんが、禁教後、島原南目の有馬地方、西目の千々石からもバチカンあて、まだキリシタンとして、教えを守っているとの文書が出ているので、形態は分かりませんが、かくれキリシタンがいたことは想像できるところです。

さて、キリシタンの伝来、キリシタン時代、禁教時代と調べていくと泥沼にはまり込みそうなので、できるだけ避けているのですが・・・・

上の3冊の本、「かくれキリシタンの実像★宮崎賢太郎著」は以前から持っていたのですが、まだ読んでおりません。新しいのが「かくれキリシタンの起源★中園成生著」。一番新しいのが「消された信仰★広野真嗣著」。で、この本が意外と売れているらしく。

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いつもの本屋さんの入り口に積んであり、見ていると意外に売れてますね。

さて、宮崎氏と中園氏の意見は分かれており、端的にいうと、表紙、本の帯に書かれておりますが、宮崎氏は「弾圧に耐え信仰を守ってきたとされる〈隠れキリシタン〉が、大切にきたものはキリスト教ではなかった・・・・」との立場です。

「カクレキリシタンは自分たちがキリシタンであることを隠すために、仏教徒や神道の氏子を装って隠れているのではなく、カクレキリシタンの神様を誰かに見せたりすれば災い(タタリ)があるかもしれないとか、拝んでも効き目がなくなることを恐れ隠しているのです。厳密にいえば、彼らはキリシタンではなく、ご神体を他人には見せない『隠しキリシタン』であるというのが本当の姿なのです。」と、本の中では書いています。

さて、中園氏の本は500頁弱あるので、まだ読んでいませんが、本の帯には「従来の『殉教しなかった弱き者』『教義を理解せず勝手に信仰を変容させた無知な信者』『弾圧を避けて辺鄙な離島に隠れた貧しい民』といったステレオタイプ的な捉え方を否定する。
かくれキリシタン信者は本来、為政者の法に逆らうことで弾圧を受ける危険を負いながら、仏教や神道との併存という形の中で、キリシタンの信仰形態を継続させる事を自ら選択した強い人である。」と、宮崎氏とは反対の立場をとっています。

これには2人の立場もあるかとおもいます。以下は私見になりますが。

宮崎氏は、長崎のミッションスクール、純心大学で教鞭をとられ、自らもクリスチャンです。

キリスト教は一神教の宗教で他の神様は認めていません。まして、カクレキリシタンのように、他の宗教と習合することは、認められる立場にはありません。

中園氏は、平戸市生月町博物館・島の館学芸員で、いつも、かくれキリシタンの方とのつきあいがあり、上に書いたような見解を持ったものだと思われます。

さて、「消された信仰」の広野真嗣氏は、あまり熱心なキリシタンではないものの、ジャーナリストで、生月町に何回も通いながら調査をしています。
どちらかというと、中園氏寄りですが、宮崎氏と中園氏の理論もよく書いてあり、最初読むなら、こちらの本がお薦めです。

面白いことに両者について「興味深いことに、かくれキリシタンの祈りの文言の解釈をめぐって、双方とも”現代人の発想”から離れることを求める。・・・」と書いてあり、後は上に書いたように、両者のスタンスの違いだと思います。

「消された信仰」には、そのほか、なぜ生月町が登録遺産に入らなかったのか、県の姿勢、イコモスの方針、また、宮崎氏へのインタビューとその感想など、分かりやすく書いてあります。

さて、遺産として登録されるのは良いことなのか。長崎の大浦天主堂は有名ですが、いつも観光客で一杯です。「信徒のためには大浦教会という別の御堂が近所に建てられており、大浦天主堂を教会として使うのは、極めて限られた記念行事のときのみだ。」と、庇を貸して母屋を取られる、ですね。

また、経済効果も期待されますが、「たしかに、経済効果はわかりやすい。2007年に登録された岩見銀山(島根県)では登録前年に40万人だったが観光客が登録翌年には81万人に増加した。2014年の富岡製糸場(群馬県)の場合はじつに前年比4倍増の133万に上がった(ただし、石見銀山は6年後の2013年以降減少に転じ、2016年は31万人と登録前水準に戻った。富岡製糸場はわずか2年後の16年には80万人に減少している)。」ということで、長崎は離島・天草まで遠距離を含みますから、どうなるんでしょう。

「かくれキリシタン」「カクレキリシタン」「隠れキリシタン」。各立場によって表現が違うようです。自由に教会に戻れるものを、戻らないので、「はなれキリシタン」という人もいますが・・・・

私は、浄土真宗で、阿弥陀如来を頼みとし、同行二人(どうぎょうににん)を信じ、産土神、氏神には数日に一度お参りをし、クリスマスにはドンチャン騒ぎをしますが、いいじゃありませんか。愛する人はカミサンだけなので、信じる神様、仏様はたくさんいても。







2018年6月15日 (金)

「立腹帳」~停留場名称変更とはなんそや!

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久しぶりの長崎でした。

前にも書いたように、ご近所の犬の鳴き声で自律神経が乱れ、少し遠出をすると、なんとなく脈拍が上がるという状況。で、遠出があまりできなくなり、これが無ければ、毎週でも東京あたりを、さるいているのですが・・・


さて、歳をとると、段々丸さが取れて、トンガって来たような気がします。まだ、「暴走老人」まではいってはいませんが、少し手前ですね。電信柱が高いのに腹が立ち、郵便ポストが赤いのに腹が立ち。以前の温和なワタシは、どこへ行ったんでしょう。

電車にのったら、「停留所名称変便のお知らせのポスター」。見て、ムカッときました。

「長崎大学前」が「長崎大学」、「浦上車庫前」が「浦上車庫」、「大学病院前」が「大学病院」
諏訪神社前」が「諏訪神社」、「市民病院前」が「市民病院」。

「前」はどこへいったのでしょう。例えば、「長崎大学」が停留所の名前なら、「長崎大学」の中に「停留所」がなきゃダメじゃないですか。試しに行ってみたら、以前と同じ「長崎大学」の「前」に「停留所」がありました。

これじゃ、知らない人が「長崎大学」で降りたら、この停留所が「長崎大学」の中にある、と思うじゃないですか。

もし、「長崎大学」内に停留所があるなら、「長崎大学前」と言ったら間違いでしょう。「長崎大学前」は「長崎大学前」で「長崎大学」ではありません。以下、同様です。

「松山町」が「平和公園」?「松山町」は「平和公園」?ではないですね。書くなら「平和公園前」。「松山町」の町名が「平和公園」になったのでしょうか?「浜口町」が「原爆資料館」になったのも同様。

「西浜町」が「浜町アーケード」。「西」は迷子になったのかな。あそこは、ちゃんと「西浜町」という名前があります。以下アホらしいので省略します。

TVで観光客へのインタビューがあっていましたが、「築町」の「築」は「建築」の「築」だから、
「ちくまち」だと思っていました、といっていましたが、それなら、東京の魚河岸市場、「築地(つきじ)」は、インタビューされた方、「ちくじ」て読むんでしょうか。

現在、町名が「平和町」、「みどり町」、「希望が岡」などと変わって、昔の土地の意味が分からなくなって来ています。地霊様がお怒りになっておられます。と思います。

停留所の名称変更には、観光客が分かりやすく、という配慮があると思いますが・・・
「ちくまち(築町)ってどこですか?」と聞かれたら、「長崎では『つきまち』と言うとばい、珍しかでっしょう。そこだから、案内しましょう」といった方が、「長崎の人って親切だな」と思われるでしょう。観光客と地元の人のコミ二ケーション、これが、本当の観光です。

ちなみに、ワタシが住んでいる「千々石(ちぢわ)」はよく「せんせんいし」と言われますが、「せんせんいし、ってどこですか?」と言われたときは、親切に教え、時間があるときは車で案内もしております。35歳以下の美女に限りますが・・・

以前、観光に対する調査があり、結果として、住んでいる人が満足している所が、観光にも成功するという結論になったようです。自分の町を大事にしましょう。

さて、電車の停留所に下のような看板が3枚設置されていました。「さるく」となっていますが、「さるく」とは、目的も無く、何となくブラブラ歩く事だと思っていたのですが、最近は見学する所が多く、「長崎さるく」ではなく、「長崎バタバタ歩き」でしょう。もっと、じっくりした観光が良いとは思うのですが。これだけ回るとなると、地元の人間も大変ですヨ。

と、ここまで書いたら、なんとなく心が落ち着いて来ました。お終い。

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2018年6月14日 (木)

「負けるな『週間現代』『週間ポスト』」

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新しい事件、めまぐるしく変わる世相、政界、週刊誌はとても追いつけません。ワールドカップが始まったら、新聞、TVはそちらの話題ばかりになるでしょうが、「負けるな『週間ポスト』『週刊現代』」です。

■「その”常識”を疑え!やってはいけない老後対策」

年金・退職金・投資・住まい・相続、「『知りすぎて失敗する人』『張り切りすぎて破産する人』こんなに多かった!『ざっくり把握する人』は、なぜ老後のお金に困らないのか?

昔は隠居したら、ゆったり暮らしたものですが、昨今の高齢者は心配事ばかりで・・・この調子では、あの世に行っても心配事ばかりか?
私?「ざっとした人間」です。

■「米朝和解なら『安倍総理、6か国協議を脱退せよ』」
■「金正恩が警戒する『軍部クーデター』」

米朝会議で、日本はシカトされたみたいで、拉致問題が一番で、政府は明るい見通しを持っているみたいですが、いつも煮え湯を飲まされてばかかりで、今回もかな?

「クーデター」の話も何回出たことか。期待はしているのですが、無理だろうな。

■「特捜検察が官邸に屈した日」

女性の山本氏が特捜部長に任命されたときは、各週刊誌は期待をし、私たちも期待をしたのですが、しょせん、検察なんて弱い者いじめで、冤罪が多く、昔みたいに迫力が無くなりました。

■「大ブーム 医者が教える食事本 どれを信じりゃいいのやら」
■「名医20人が自分で買って飲んでいる『市販薬』」

確かに、高齢社会のためか、お医者さんが書いた食事本、健康本が増えました。私も何冊か買いましたが、大体、人間は「全亭協」の会長が言うように、「人間、3つ以上のことは覚えられない」ということで、どの本読んでも、長たらしく、よく理解できないので、昨日はオメガ3,今日はココア、明日は寒天と日替わり健康食事法に取り組んでおりますが、効果はあるのかな?

さて、病院にいって、薬の処方箋をもらって、調剤薬局に薬をもらいに行きますが、「処方薬より優れたものも」あるそうです。実名で40種程書いてありますので、お試しを。当たるも八卦、当たらぬも八卦。でないことを祈りつつ。

■「75歳過ぎて『食べられなくなる人』の特徴」

これ読んで、自分にもピッタリのところがあり、「高齢者になって味覚がかわると、激ヤセする人がいます。味を感じないので美味しくない→美味しくないから食べない→食べないからさらに味を感じなくなる。・・・・口に中に乳白色の苔のようなものができ、ピリピリする『口腔カンジダ症』になるなど、完全な悪循環になるなどに入ってしまいます」。と、激ヤセ、カンジダ症まではいってませんが、他のところが同じなので、心配です。
皆さんも、お口の手入れには注意しましょう。

■「紀州のドンファン怪死事件 独走レポート 消えた『もう一人の花嫁』の告白」
■「ドン・ファンが漏らしていた若妻と家政婦への『疑念』」
■「通夜の席で若妻は笑っていた!」

「紀州のドンファン」、野崎幸助氏(77)が亡くなり、多量の覚醒剤を飲んだ事が分かったそうです。飲まされたのか、飲んだのかは、まだ分かりませんが・・・ただ、この人の失敗、「ドンファン」といわれるなら、それ相当の亡くなり方、「腹○死」が、ふさわしかったと思うのですが。

■「王貞治78歳の再婚に『財産分与』の難問」

王さんの財産がどれくらいかは分かりませんが、週刊誌が心配しなくても良いとは思うのですが・・・・後はご家族の問題です。

■「日本人男性100人が選んだ 我が青春の○ッ○スシンボル」

グラビアですが、1位が「マリリン・モンロー」。異議無しですね。2位が「シャロン・テート」、3位が「ソフィア・ローレン」、5位が「ブリジット・バルドー」と見ていって、ないんですね。
「カトリーヌ・ドヌーブ」。「昼顔」を見て、何回お世話になったことか。



2018年6月11日 (月)

「六輔 五・七・五」

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「六輔」は「永六輔」さん、「五・七・五」は俳句のこと。

永六輔さんは、俳句が好きな有名人が集まった「東京やなぎ句会」に入っていましたが、「東京やなぎ句会は」、「柳家小三治さんが『この句会で俳句をつくらなきゃ、どんなに楽しい会だろう』とよく言います。」といった句会です。

図書館にいったら、上の本があったので借りてきました。

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多分、永六輔さん、大橋巨泉さんがTVに出たのはこれが最後だと思います。放映は2016年2月4日。

永六輔さんはパーキンソン病、大橋巨泉さんは癌と腸閉塞。
この後、7月7日に永六輔さん。7月12日に大橋巨泉さんが亡くなっています。

大橋巨泉さん、「東京やなぎ句会」には入っておりませんが、早稲田大学時代に作句もしており、その時の俳号が「巨泉」。2年後輩に寺山修司氏がいて、彼の俳句をみたとき、「こりゃかなわん」ということで、俳句をやめています。

下が、42歳の時の永さんですが、私が始めてTVで見たのが、「夢で逢いましょう」。たしか、永さんが20歳代だったか、ハンサムな顔でも無く、早口の江戸っ子口調で話していたことを思えています。その時は、下の画像より痩せていました。

深夜放送で、自由律俳句の「種田山頭火」を紹介し、チョットした「山頭火」ブームがありました。

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と、書けばきりが無いので、「六輔五・七・五」から、永さんの句を少しばかり、ご紹介。

第一回の句会の永さんの句。

■「煮凝をいれてみようと姫始め」

この本に少しばかり永さんのエッセイが入っていますが、この句「忘れてほしい句」という題になっています。でも、煮凝りをどうして入れるんですかね?


永さん自身も「はっきりいって以後、これ以上ひどい句は作ってない。/そうかといって、これ以上良い句も作ってない。」と書いています。

なお、一番評価を得た句が。

■「寝返りをうてば土筆は目の高さ」

上の句に比べれば、ダンチ(段違いの略)ですが、句会の宗匠曰く、上の句が頭にあったのか、上手な句で口惜しかったのか「今度は土筆を入れてみたら・・・その方が江戸前ですよ」との事。

■「志ん生もなめくじも又なつかしく」

代目志ん生の事ですが、「なめくじ長屋」に住んでいました。いかにも、江戸芸が好きな永さん。

■「左からビールと書いてある店で飲む」
■「濁り酒飲み干してなお空を飲む」
■「喉も胃袋もしかとうけとめたビール」

確か、永さんアルコールが全然ダメだったようです。島原の宮崎康平氏宅にいって酒を勧められたとき、飲めないと言ったら、宮崎康平氏「永君、杯を口に近づけて、風が酒の香りを運んでくるだろう、それを楽しめば良いんだよ」と言ったとか、確か深夜放送で言っていた覚えがあります。

その、宮崎康平氏への句。

■「春泥や邪馬台国へ白い杖」

宮﨑康平氏は目が不自由でしたが、「まぼろしの邪馬台国」の著作があり、邪馬台国ブームを起こしました。映画にもなっています。

■「高さより深さと言おう秋の空」

いわれてみれば、その通り、としか言いようがない句。

■「初めての肌をあわせて明易き」
■「遠雷や情事の記憶甦る」

多分、この句を作った頃、永さん結婚していたはずですが、浮気でもしたのかな?

■「新米を研ぐ腰つきや浮き浮きと」
■「梅干しでにぎるか結ぶか麦のめし」

最近は「米を洗う」という人が増えているようですが、「米」は「研ぐ」です。「心」を「研ぐ」と一緒です。

さて、にぎりご飯は「結ぶ」でしょうか「にぎる」でしょうか。

■「手の平に溢れて今日も薬の日」

永さんも薬漬けだったんですね。私も、11種類ばかりの薬を飲んでいますが。

「傷だらけ昭和の日記果てにけり」

「日記果てにけり」どころでは無く、私の回りにも戦前生まれ、戦後生まれにかかわらず、亡くなっている方が多くなっています。昨日は職場で6年ばかり一緒で、63歳で亡くなった方がいましたが、ガックリしました。

これも、深夜放送で言っていたと思いますが、永さん、昌子さんという女性が、TV局に職を求めてきたとき、「それよりボクと結婚しなさい」と言ったそうですが、奥様は永さんより先に亡くなられました。

■「みとられるはずをみとって寒椿」
■「春の賀状読まずに逝きにけり」
■「今年から男やもめや日向ぼこ」

最近、芸能界でも大物といわれる方が亡くなることが多くなりました。私もあちらこちら調子が悪く、心配ですが、あと2年ばかりやる事があるので、それまでは頑張るつもりではいるのですが・・・・

◎「あと二年 春夏秋冬 春夏秋冬」~by sugikan おそまつさまでした (^-^;





2018年6月 9日 (土)

「さらばカエサル」★ビッグコミック・オリジナル~え!一回でお終い?

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いつも書いているように、ワタクシの愛読書「ビッグコミック」の「オリジナル」です。6月20日号。

「釣りバカ日誌」「黄昏流星群」「深夜食堂」「刑事ゆがみ」等々あり、「風の大地」の沖田選手が苦戦しています。

「一途に生きていけば誠実の橋が待ち、必死に生きた時には愛の街灯灯るんが人の世や思います。(長いので以下略)・・・・・・沖田圭祐最後の戦いの時。34歳と9か月の時。」などと、毎回、最後に書いてあります。これ、今回で668回になりますが、毎回書いてあり、良く考えるものだと思います。

さて、今回の雑誌、104~105頁に上のように2頁にわたり、しかも、カラーで口絵が載っておりまして、「さらばカエサル」という題ですが、始めての漫画なので、新連載かと期待していたら・・・

アレ!、「『さらばカエサル』完」とあるじゃありませんか、ここ、普通なら「第一話 完」なのですが。おかしいなと思いつつ、良く見たら最後の頁の右側に、なんと!

「塩野七生氏の許諾を頂けなかったため、”古代ローマもの”はこれにて終了。中村氏は近々再登場!!」

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とあるではありませんか。

塩野七生(しおの ななみ)氏はイタリアの歴史小説関係が主な著作、イタリアに在住、御年80歳。詳しくは→こちらをクリック
中村真理子氏は→こちらをクリック

最初の頁に、「原作 ロバート・ハー」とあり、思うに、企画を立てたが、塩野七生さんから最後まで許諾をえられず、急遽、46頁の「読切!!」になったのではないか、とは思うのですが、塩野七生さんの作品、漫画にするのは難しいだろうな。ヒョッとしたら、中村真理子さんの絵と塩野さんの絵が合わないので断ったのかな?

「塩野七生氏の許諾を頂けなかったため・・・」と書いていますが、普通は「体調不良」とか、「取材のため」とか書いて、実情は書かないのですが、「許諾を頂けなかった」と書いたのには、何かあったような匂いがしますね。

2頁にわたるカラーの口絵で、これで終わりとは、我が漫画人生で始めての事で驚きました。


2018年6月 8日 (金)

「高校生!頑張れ!!」~高校生お弁当プロジェクト

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新聞を読んでいたら「高校生考案の弁当販売」の文字が目に入って、地元食材の魅力を再発見してもらおうと、イオン九州が2015年から始めた「高校生お弁当プロジェクト」の第22弾目だそうです。で、長崎県内の高校生がプロデュースした商品の販売は3回目になるそうです。

作ったのが、「県立諌早農業高等学校 食品科学科 3年EMI’Sキッチン」9名で考案、作品は「諌農(かんのう)うまかもん弁当」&「長崎県立 北松(ほくしょう)農業高等学校 食品流通科 食品製造開発コース3年16名」で考案したのが「具だくさん弁当」

と言うことですが、私たちの頃は、食品云々という学科はなかったような感じ。といっても、40年以上前のことですが・・・時代に即応した新しい学科でしょうが、良いですね。ワタシも、料理が好きで、中学校時代、調理関係かお坊さんになろうと悩んでいたのですが。

「諌農(かんのう)」は左上に校章、「北松(ほくしょう)」は学校のイメージキャラクター「ホクノン」の絵。校風の違いが出てますね。

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買いに行こうと思ったら、イオンかマックスバリュしかないということで、一番近くのイオンは矢上にありますが、「九州のイオン67店舗(県内は矢上団地店を除く11店舗)」って、嫌じゃありませんか。

で、意地になって捜したら、なんとすぐ近くの諌早に、マックスバリュが、できたばかりじゃありませんか。すぐに買いに走り、どちらが良いか、なんて考えずに、二つとも買ってきました。

コンビニの弁当も良いのですが、油物が多かったり、分量が多かったりで、高齢者が食するには少し重すぎ、これくらいのお弁当が適量ですね。


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「最近の若い者は!」と言いますが、最近は地域に密接した所で、意外に活躍をしています。私たちも色眼鏡でみないで、高校生を応援しましょう。「高校生!頑張れ!!」です。

ただ、このお弁当ですね。発売が8.9.10日の3日間。ちょっと残念。コンビニでも発売しもらえると、ありがたいのですが・・・



2018年6月 7日 (木)

花菖蒲、散っても城は城~大村公園

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今日は大村病院へ。ついでに大村公園の菖蒲を見に行きましたが・・・・

入り口には「花菖蒲 盛りすぎ」。ということでしたが、昨今、美熟女とかおじさんラブ(意味は知りませんが)とか流行ってるじゃありませんか。

果物だって、少し熟したほうがおいしい、ということで、見に行ったら、菖蒲の種類によるのか、まだまだ鑑賞できる所もあるじゃないですか。

一番上の写真のところが一番良いのですが、ここは残念ながら手前の方の菖蒲の花は少ししか咲いて無く、残念でした。

とはいっても、菖蒲の花は散っても城は城で、はやり見所ですね。

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菅笠かぶった乙女が三名ばかり(顔は見えませんでしたが・・・)枯れた花柄のお手入れです。

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いつもは行ったことがない、「板敷櫓(いたじきやぐら)台」に行きましたが、階段の辛いこと、歳ですね。

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「板敷櫓台」、二階建ての櫓で、ウチの家と同じくらいの大きさ。

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「石落し」。右の床の開いたところから石を落として、敵を防御したところ。

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「板敷櫓台」のいわれが書いてありますから、興味のあるかたはお読み下さい。

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城跡には「玖島稲荷神社」と「大村神社」があります。右は本殿。朱色が素晴らしい。

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狐の狛犬さん。シッポのピンと立ったところ、なんともいえません。左は「巻物」、右は「玉」をくわえています。いい仕事してますね。

 

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こちらが「大村神社」。「さざれ石」が置いてあります。千々石の「橘樹神社」にもあります。

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「オオムラザクラ」。「国指定天然記念物」です。咲くまで、もう一息か?

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これなんでしょう?灯籠の中に一杯入れられた小石。昔、鳥居の上の方に小石を投げ上げ、小石が乗ったら良いことがあるとかで、ちいさい頃、よくやっていたのですが、なにか、関係あるのかな?

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階段の途中にお店屋さんがあって、梅ヶ枝焼と大村ずしを売っていましたが、せっかくなので、大村ずしを。

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花はここ数日、見られるとは思いますが、お早めに・・・・

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2018年6月 6日 (水)

なんで間違った?

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大阪毎日新聞社編の、毎日年鑑の附録で、全国鉄道地図。
少し、広い地図になりますが、見ていると面白く。

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九州と四国のアンバランスなのはまだしも、右の地図の三角形のところ、北海道です。紙面の関係で、デフォルメするのは分かるものの、ここまでやるか、という感じ。

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「水晶観音」は上の「森山」あたりで、地図上では少し違和感。無理して描いた感じがします。

「口之津鉄道」はのち「島原鉄道」と合併します。1926(大正15年)に島原湊~南有馬間開通、1928(昭和3年)加津佐まで開通。平成20年に廃線。

丸のところ、刀がかいてあります。島原ですから、「島原城」?「沖田畷」?。「沖田畷」は龍造寺VS有馬晴信+島津家久の合戦場。

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さて、他にも間違いはあるものの見ていると、なにか変。一番上の写真、もう一回見て下さい。

変な所、アップで撮ってみます。これで、分からない方は、「ボーッと生きてんじゃないよ!」とチコちゃんに叱られます(NHKの放送です)。

年号の所ですね。「大正十六年」になっております。大正はご存じの通り「十五年」までです。


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で、よく考えてみるところが、「ボーッと生きていない」ワタシの長所でありまして。
大正は「1926年(大正15年)12月25日」までで、以後「昭和」になります。ですから、1926年は、「大正」と「昭和」の年号が交代する年になります。

それで、端っこの方を見ると「大正十五年九月二十五日印刷 大正十五年十月一日発行 大正十六年『毎日年鑑』附録」になっており、カレンダー、手帳等、新年に使う物は夏頃から印刷をはじめます(印刷関係にいたので、ここらあたりは良くわかります)。

まさか大正天皇が崩御されると思わず、「大正十六年」にしてしまったのでしょう、と推理します。

さて、もうすぐ、天皇陛下が皇太子殿下に譲位されますが、年号をそのまま「平成」にするか、「即位と同時に改元」するかの議論もあるようですが、早くしないと「大正十六年」の二の舞を踏む、かもですね。印刷会社さんも早く決めないと大変ですよ。


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