2022年9月26日 (月)

千々石天満宮神送り★千々石ミゲル墓所調査

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先日、例年の通り「神送り」の神事が行われました。

以前にも紹介したとおり、この神社に祀られているのは菅原道真公、千々石ミゲルの父千々石大和守と家臣2名です。


この神社の上に釜蓋城があり、佐賀の龍造寺に攻められ千々石大和守は討ち死にをしますが、その間、千々石ミゲルは城を逃れる、という話になります。昨年、千々石ミゲル墓所発掘調査が行なわれ、テレビ、新聞等で報道をされました。


島原藩主松平忠房公は、島原半島の多くの社寺に寄付をしていますが、千々石では2カ所、天満宮に「壹石八斗四升」、四面宮(現千々石温泉神社)に「三石貳斗五升六合」。


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千々石ミゲル墓所発調査プロジェクトに多少寄付をしていたので、先日、お礼状と共に、調査の模様と解説が収録されたDVD、絵葉書、お菓子のクルスが届きました。報告の概要パンフレットは以前入手をしていました。

今回はクラウドファンディングで600万円の目標額を超えること10,400,000円が集まったそうで、興味を持たれている方が多いことが分かります。


今後の予定はプロジェクトチームの浅田代表によると「文化財保護法に定められた正式報告書作成に入り、今秋には発刊の予定です。」と言うことですが、多分、来年にずれ込むような感じです。


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2022年9月21日 (水)

台風疲れ、などなど。

台風14号について

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台風14号については、事前にいまだ経験のない台風だとか伊勢湾台風並みとか言われ、又、予想では雲仙市直撃、逸れても10~20㎞ということで、ビビりました。

ベニヤ板等で窓などを塞ぎ、飲み水を用意し、家庭用のカセットコンロとボンベ、懐中電灯が壊れていたので買ってきて、スマホ用の充電器を充電し、小屋は板を打ち付け、いざというときの荷物を準備し・・・


で、防災無線で避難を呼びかけていたので、オクサマに「非難しようか?」・・・「行かない」との一言でした。一人で非難しようとも思ったのですが、愛するオクサマを残すわけにも行かず、ということで・・・


夜10時くらいまでは風、雨がドンドン強くなりましたが、昼の台風の準備で疲れて寝落ちしてしまい、0時頃目が覚めたら、風、雨の音もなく、ヒョッとしたら台風の目かと思い、台風の目の中なら星空が見えるので外へ出ましたが、空は曇って、風はほとんどなく、雨はボチボチ。


レーダ図を見ると確かに台風には入っているようなのですが。台風の目の中なら吹き返しが来るなと思いつつ、又、寝落ち。


今度は3時近くに目が覚めましたが、雨音も無く、風の音もほとんどなく、外へ出たら0時頃と一緒。レーダーを見ても確かに台風のところなのですが、次の日の朝も状況は同じで、台風はどこへ行ったんでしょう、という感じでした。赤の矢印は雲仙市。


他の地方では大きな被害も出ているようですが、なんともキツネにつままれたような台風でした。とはいっても、どのような台風が来るかも知れず、台風、と聞いたら万全の準備が肝要かと。


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本当の話~「もち吉」の住所

話は聞いていたのですが、信じられないので買ってきてみました。


もち吉の住所・・・


〒822ー8585

福岡県直方市下境2400番地
字餅米もちだんご村餅乃神社前

なお詳しくは→こちらをクリック



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ブタさんの車

買い物に行っているとき、前のトラックにステッカーが貼ってあり、なにかと思ったら(^0^)。これ見たら、あおり運転なんてできませんよネ。


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2022年9月16日 (金)

雲仙鉄道~しつこく「木津トンネル」の写真の事

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雲仙鉄道についてはかなり書いたので、もう書くことはないと思ったら、もう一つ、トンネルの写真についての話です。

上は旧雲仙鉄道の駅跡に設置された記念碑。左の機関車の写真の事については以前詳細に書きました→こちらをクリック

今回は、右のトンネルの写真についてです。以前書いた「木津トンネル」→こちらをクリック

下の左の写真は「雲仙」という本の中に載せてあります。発行は「雲仙岳後援會 長崎県庁内 昭和2年9月5日」。

昔の新聞を調べていると、これとまったく同じ写真が新聞に載っていました。

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下は写真の記事を拡大したもの。新聞は「大阪毎日新聞」ですが、「新日本八景」は大阪毎日新聞社、東京日日新聞社主催、鉄道省後援なので、雲仙の宣伝に力を入れたものだと思います。

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ということで、新聞の写真と「雲仙」の写真の関係についてまとめてみると。

➊小浜鉄道 昭和2年3月10日開業 6月諫早~小浜直通
❷「日本新八景」 昭和2年7月6日新聞発表 大阪毎日新聞社 東京日日新聞社主催 鉄道省後援 
❸新聞発行日(上の写真) 大阪毎日昭和2年8月30日
➍「雲仙」雲仙岳後援会(長崎県庁内) 昭和2年9月15日発行

こうしてみると、すべて昭和2年に固まっています。「雲仙」を発行した「雲仙岳後援会」については長崎県庁に問い合わせをしましたが、まったく分からないとの事でした。

なお「雲仙」は写真集になりますが、新聞の写真は各社のカメラマンが撮るので、トンネルの写真は、大阪毎日新聞の社のカメラマンが撮影ったものを、長崎県庁が借りて掲載したと思うのであります。

ただ、記念碑の写真は建てられた年代からすると、「雲仙」から借用したものだと思われます。


 

2022年9月 9日 (金)

空照上人、雲仙の事について★まとめ②~終わり


③大黒天脇の石像について


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先日、大黒天脇の空照上人の件で投稿し、石塔が「二本」と書きましたが、諫早史談会のO氏から、二本の石塔は元は一本ではないか?また文字については「是二行者空照法師頭髪納埋塔也」ではないかとの指摘をいただきました。

後日確認に行き、埋もれた部分を少し掘ってみると「生存」という字が見えました。左の石塔は「是二行者空照法師生存」。


右の文字については一番上の文字が「友」のような感じなのですが、O氏のヒントと次に紹介する田代原の石碑「空照上人壹百日修行頭髪塚」から「髪」ではないかと推測すれば「是二行者空照法師生存髪(または”頭髪”)納埋塔也」でピッタリするかと思います。


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④田代原の石塚について

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田代原の集落の中に上のように石仏等を祀った場所があります。右から3番目が「空照上人壹百日頭髪塚」。

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「空照上人壹百日修行頭髪塚」と刻まれています。

一番下段には「三會信者一同謹建」。右側面「昭和九稔/三月十三日/𦾔正月廿八日」。昭和9年3月13日は旧暦1月28日。


この「頭髪塚」については、管理人さんによれば、他所に建てる予定であったが、都合があり、こちらに頼まれたとの事でした。

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一応のまとめです。これまで書いた事と重複をしますが。

行基洞については、行った事がないので詳細がわかりませんが、入口付近に仏像、台座に「温泉信者中」とありますが、多分行基の像だと思われるので、行基の信者さんだと思われます。


高岩山の立像の所には「開山空照法師 昭和8年見岳名」と刻まれています。 


大黒天の石像には「是二行者空照法師生存髪(頭髪)納埋塔也」「昭和6年1月29日」。これには建立者の名は刻まれていません。

田代原の塚には「空照上人壹百日修行頭髪塚」「昭和9年3月13日」「三会村信者一同謹建」。

西有家郷土誌には「昭和六年に、空照法師が百日修行をされたところだろう。」と書かれているので、高岩山、大黒天、田代原の石塔等などから見ると、昭和6年の百日修行は間違いないと思われます。


さて、雲仙は昭和9年に国立公園に指定をされていますが、昭和2年には「日本新八景」に選ばれています。日本で2番目のゴルフ場が大正2年に開場、大正末から昭和初期にかけて、斎藤茂吉、吉井勇、タゴール、秩父宮、嘉納治五郎、徳富蘇峰、早川雪洲等々が雲仙を訪れています。雲仙はかなり人の往来があったと思われます。千日行などをTVで見ると、厳しい山中を駆け抜けるシーンがありますが、空照上人も人知れない山中で修行を積まれた事と思い
ます。なお、昭和初期のことなので、もっと資料があるとは思ったのですが意外とないのですね。

大黒天、田代原の「髪」の事です。空照上人は剃髪をしているはずなのに、と考えていると・・・100日間の修行中は髪は剃れないので、いくらかは伸びていたはずで、修行後は又剃ったはずです。信者の方は百日修行の記念として、この髪を埋めたのではないかと思われます。


もう一つ、大黒天のところの石像については、この別所には修行僧の僧坊が700坊あり、修行の場のメッカであり、大黒天もあるので、この場所に空照法師の頭髪が記念に埋められたのではないかと思うのです。

いずれにしても、田代原と大黒天の所に実際の頭髪が埋められているということです。


2022年9月 4日 (日)

空照上人、雲仙の事について★まとめ➀


空照上人について以前書いたことがあり、また、あちらこちらのブログで単発的に書いてありますが、主に雲仙を中心にしてまとめてみました。2回に分けてみます。


空照上人のことは、西有家町郷土誌に記述があります。また、上人
の石像、塔については❶高岩山中の立像❷一切経の滝の行基洞(別名空照洞)❸別所ダム大黒天の下の石造➍田代原集落の「百日修行頭髪塚」があるので、この順で説明をおこないます。

最初に、西有家町の郷土誌より空照上人についての概略です。


空照師は真言宗の僧、佐賀県東多久市出身。大正11年に島原地震が起こり、大正12年には関東大震災が起こります。当時、南有馬村で病気を治すという霊験を現していた空照(当時40歳程度)にお願いし、西有家八十八ヵ所の設置を行います。


空照上人は八十八ヵ所霊場を祈願し、行基(日本山大乗院満妙寺開基)に因んで、行基洞(空照洞ともいう)で二十一日間業を行い、その後、ふるさとの東多久に帰られたそうです。


なお、この間、雲仙で百日修行をされたそうです。また、空照上人の出身地が佐賀県東多久市ということで、多少調べて見ましたが不明。


❶高岩さんの立像について


「西有家郷土誌」からまとめてみました。


高岩さんに登る途中、登山道の途中から左側の山中に入って行ったところ。ワタクシも入っては見たものの元来の方向音痴で、行き着ききれませんでした。なにごとも案内は必要。


写真は西有家郷土誌より。台周りは1.2m四方。高さ1.5m。石積みで石造の高さ60~70㎝。台には「開山空照師 昭和八年見岳名中」と刻んであります。
「見岳」は西有家町の地区名。郷土誌に「昭和6年に、空照和尚が百日修行をされた所だろう。」の記述あり。

なお、この地点から150m位の所に洞があり「西有家四国奥ノ院一夜大師」。「一夜大師」の名前については「見岳名の信者が、セメント、砂などを担ぎ上げ、一夜で完成させた・・・」との記述あり。


また、「空照立像から200m降りたところにも大師堂を見つける。ここも明らかに修行場で空缶、空びんがあるるので、訪れた人が居たのではないかと思われる。空照大師が、ここでも修行されたのかもわからない。・・・」、との記述あり。ただ、「大師堂」についてはどのようなものか不明。

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(西有家郷土誌より)

「一夜大師」は「新四国八十八か所番外奥ノ院」。


❷一切経の滝行基洞(別名空照洞)


一切経の滝から少し下り、右側の斜面を登ったところ。ただ、3回トライするも分からず。

洞が三つあるらしく、一番入口には2体の石仏。一つは多分「行基」だと思われる。台座に「温泉信者中」。小さい方は「三鈷」らしいものを持っているので弘法さんか?一番奥に石仏が置かれていたらしいのですが詳細は不明。

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右の案内標識は現在あるかどうかは不明。

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(ブログ「私は、島原半島にいます」より)

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四国四十四番札所伊豫国大寶寺


一切経の滝の所「四十九番所伊豫国浄土寺」があります。右の写真。

なお、空照法師は八十八ヵ所霊場を祈願し行基洞で二十日修行をしたそうです。

 

2022年8月29日 (月)

「秋バテ」なので・・・

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「秋バテ」という言葉があるそうです。朝夕涼しくなってきたので「秋バテ」になりました。PCの調子が悪く、昨日書いた文章が吹っ飛んでしまいました。現在、絶不調です。ということで、なんとなくダラダラと書いてみます。

先日の長崎新聞。


学校では生徒全員にタブレットを持たせるそうです。IT時代に遅れないように、学習の効果を高めるためだそうです。ところが、読解力を問う読解力のテストで、紙とデジタル端末で小学生に出題したところ、紙の平均点が上だったそうです。
本を読むのに、デジタルが良いか紙が良いかでも、6割以上が紙を選んだそうです。なお、平均点以上の子どもで顕著だったそうです。

思えば、数十年前、各学校にPCを何十台か配布したのですが、アレってなんだったんでしょう?。同じ轍を踏まねければ良いのですが。



話変わって、下の写真、一番奥がヤクルトのY1000。ヤクルト1000が宅配用で評判が良く売り切れ、店舗用がY1000ということで、見かけたので買ってきました。「ストレス緩和」「睡眠の質向上」「腸内環境改善」。効いたかって言われると?。鰯の頭も信心から、信じる者は救われる、です。


「ほりしに」はアウトドアスパイスの調味料だそうです。ローソンで買いました。中身は唐揚げ。最近、唐揚げの専門店が増えてきました。思えば、ナタデココ、タピオカ、生キャラメル、食べるラー油、白いたい焼き、マヨたこ等々イロイロと流行りました・・・定着したのもありますが・・・


右はコーヒードリッパー。これで、これで7個目。沼、ですね。


箱が「SARSコロナウイルス抗原キット」。なにかと、評判が悪いようですが薬局に行ったら置いてあり、雲仙市の感染者も高止まりなので念のためにです。


一番下がセブンイレブン食べマスのONE PIECEのルフィ。Twitterでに出ていた情報ですが、ONE PIECEの作者、熊本県出身の尾田栄一郎氏が熊本地震の復興資金として県に多額の寄付をしたそうです。


で、熊本県庁に「ルフィ」の銅像を建てたそうです。異論もあったそうですが、県知事さん県議会でルフィの海賊仲間の像を県内各被災地に設置する方針を明らかにしたそうです。


ところが、この経済効果がルフィの像だけで年27億円だそうです。思えば、サザエさん、水木しげるの妖怪の銅像が建てられている町もあり、町おこしにも役にたっているそうです。


昔は「漫画ばかり読まずに勉強しろ」とか「なんだ漫画か!」などと文化の中でも下に見られていた時代がありましたが、今はそんな時代ではないんですね。

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2022年8月23日 (火)

消えゆくものは・・・

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小さいときから、思いっきりの悪い子で、いまだにそれを引きずっています。

なかなか捨てきれず、机の中に入れていたガラケー。もうボチボチと思っています。しかし、この頃のガラケーに愛着があります。これに、ケーブルを使いパソコン(確か、白黒)に繋ぎ、ネットを
見ていましたが、電話代で月7万円程かかりました。もっとも、この頃は、まだ、情報量自体が少なかった。

右はipod。これが出たときは驚きました。小さい方は4G。今思えば「たった4G」ですが重宝しました。大きいのが出たので120Gを買いましたが、長年使い込みました。



ネットをみていると、下記のような記事がありました。「三省堂国語辞典」から1,100の言葉が削除されたそうです。三省堂国語辞典は「現代国語辞典」なので、歴史的用語は削ることがあるそうです。


「MD」は便利でした。MDで使うカセット、沢山あるのですが、確か本体も製造停止だったかな?。「テレカ」はもう使えないんですか?公衆電話は数年使っていないので・・・。「スペー
スシャトル」、もう消えゆく言葉なのかな。「パソコン通信」、インターネットに比べれば、大学院生と幼稚園生でした。「千人斬り」、「ボイン」。前者は今の若い男性は草食系が多いという事で、無理な相談です。「ボイン」、多分、歳を召した方は使っていると思うのですが・・・ワタシも時折使っております。

ただ、この言葉は「三省堂国語辞典」から消えるという事で、他の辞書には残っていると思います。

なお、辞書を作るには、かなりの年月、費用がかかり、編集者自体も少なく、新しい辞書、改訂版を作るのは無理かもしれないという話もあるようです。


いずれにしても、昭和も平成も「遠くなりにけり」になり、沢山の事、物が消えていくのでしょうが・・・


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2022年8月19日 (金)

「積ん読」の効用

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相変わらずマンガばかり読んでいます。今はビッグコミックオリジナル、ビッグコミックスピリッツ、ビッグコミックスペリオールと単行本だけになりましたが、以前は少年マガジン、少年ジャンプ、少年チャンピオン、少年サンデー、少年キング等々かなりのマンガ雑誌を読んでいました。

さて、今週のビッグコミックオリジナルの望月ミネタロウ氏の「没有漫画 没有人生(No comic,No life)」に興味のあることが書いてありました。

主人公の漫画家が新聞小説の挿絵を書いたとき、連載が満了した後の打ち上げの席で、小説家の方から万年筆をいただいたそうです。


万年筆を使ってみて、「いろいろ発見はあったが・・・やっぱりちょっと万年筆はめんどくさい部分がある。」ということで、胸ポケットに挿しているそうですが、ネットで下のような事が書いてあったそうです。

実は万年筆は胸に挿しているだけで効果があります。 あまり知られていないことですが万年筆からは、現代科学では解明できない電波を発信していて、それにより脳細胞が活性化しているのです。

あと、次のような事もネットに書いてあったそうです。


実は出版社の研究所で作られた/特殊なインクから秘密の電波が/脳に直接発信されていて/それにより積んでおくだけでも/本は読んだ事になって頭は良くなり/写真集や画集は鑑賞した事になり/勝手に感性は磨かれるので/気にしなくても良いらしい。


これ、ワタシも実感しています。積ん読が気になる方、安心して「積ん読」をしましょう。

追記
実はワタクシも文豪達が使っている万年筆、「モランブラン マイスターシュテュック149」を持っているので、明日から胸に挿しておきます。


2022年8月15日 (月)

読了・中読・未読~ほとんど役に立たない書籍紹介

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「文藝春秋」は芥川賞の受賞作が掲載されていたので買ってきました。出版されている本は1,540円、文藝春秋は1,200円。おまけに、選評と受賞者のインタビュー付き。

ところで、選考委員は小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一。と書いてみて、知っている作家が3名。読んだ本なし。「時代遅れの男になりたい」という歌が好きなのですが、あ~実感。


さて、受賞作「おいしいごはんが食べられますように」は「比較的に高評価を得、自分もこの作品を推した。」と、
なにか、軽い感じ。もっとも選評も「小説の出来に『均等』なんてないよ!そこ、ヨロシク。」なんて書いてあると、昔とは違いますネ。

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JK向けの本かな?と思って、前書きを読むと「英語の『emotional』の略語から生まれ、すっかり定着した感のある『エモい』ですが・・・」ということで、この「エモい」は2016年の三省堂主催の「今年の新語」で⒉位にランクインし、選考委員の飯井間氏は「『エモい』は古語の『あはれ』とほとんど同じ用法であるとツイートしています。『あはれ』を小学館の『全文全訳古語辞典』でひくと『かわいい』『いとしい』『なつかしい』『悲しい』・・・・」と何やら面白そうなので買ってきました。

夕暮れ時を表す言葉として「灯点し頃」「雀色時」「彼は誰時」「黄昏時」「逢魔が時」「うそうそ時」「天が紅」「空火照り」「夕紅」「夕轟」と、沢山あるんですね。


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先日、TVで「勉強が出来ない奴ほど参考書を沢山買う」と言っていましたが、まったく、ワタシの事でした。参考書を沢山買うと、なんとなく勉強をした気分になるだけで、全然身についてない。

コーヒーについて勉強をしていますが、本を買うだけで、コーヒーの事を分かった気になっているだけ。まったく、若い頃の自分と変わっていません。


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「正欲」は「第34回柴田錬三郎賞受賞」「『ダ・ヴィンチ』編集部が選ぶプラチナ本OF THE YEAR」「ブクロブ2021年年間登録第1位」そして「本屋大賞ノミネート!」。これだけ、賞賛されれば面白くないはずはない、ということで買ってきましたが、ここ数年、本の「賞」が多すぎません?

「その本は」はまだ、読んでいませんが、少し覗くとヨシタケシンスケさんの絵が素敵です。又吉直樹さんの文章が楽しみです。


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「祖先探偵」、読み始めて、なんか変?と思っていたら、昨年読んだ本でした。ボケがひどくなってきました。

古文書研究会で時々宗教ってナンだろう?という話になります。考えると宗教に関しては、親鸞、空海、道元、法然、最澄等々、偉い方の教えはよく聞きますが、庶民の信心については、考えてみたことはあまりないので勉強してみようかと。

ただ「殯」「慟哭(みね)」「衆庶発哀」「梵衆発哀」「殯葬」等々、見慣れない文字が並ぶので歯ごたえがあります。



2022年8月11日 (木)

令和4年橘神社「湯立祭」~雲仙市千々石町

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今日は橘神社で昼の3時から「湯立祭」。「湯立祭」については、橘神社のFacebookに下記のように説明がしてありました。

湯立祭とは、古来より受け継がる神楽の一つで、釜で湯をたぎらせ、その湯を用いて神事を執り行い心身を祓い清めて皆様の無業息災とコロナウイルス退散を祈ります。社殿を前に斎場が設けられ、大釜に湯を沸かし、神職と巫女が神楽を奉奏し、束ねた笹の葉で釜の湯を勢いよく参拝者に振りかけます。この湯滴を浴びると無病息災に過ごすことができ、また笹の葉を持ち帰れば幸運に恵まれると言われています。


例によって、宮司さんのパフォーマー。なかなかシャッターチャンスが掴めないので、「モッテコーイ」のアンコールをしたら、「お湯が熱いから、イヤだ」と断られました。


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右の写真、笹でお湯を振り回すので湯滴が飛んできてかかり、これが無病息災に良いのだそうです。

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湯立祭の後は「肥前千々石鉄炮隊」による奉納演舞。もちろん、空砲ですが凄い音がします。警察のお達しにより、近くにはよれません。

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湯立祭につかった笹をお守りにいただきました。

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神社も最近は工夫を凝らしているようで、ヒマワリの「花手水」。花を揃えるのが大変だそうです。「夏詣」のお休み処。

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イロイロと工夫した「御朱印」も作っていて、確か「小濱神社」「御館山稲荷神社」「久山年神社」「橘神社」で御朱印巡りをしているようです。なお、小濱神社でも先日湯立祭を行ったとのことです。


2022年8月 5日 (金)

雲仙半島鳥瞰図の整理

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(各写真はクリックすると拡大します)

島原半島の鳥瞰図については2年ほど前に紹介をしたことがあります。


あれからもボツボツ集めてはいたのですが、イロイロと見て調べたいことはあるものの、古くて紙ももろくなっているので、あまりイジクルわけにもいかずコピーをとることにしました。


とはいっても、家のコピーはA4まで、コンビニでもA3まで。鳥瞰図はそれより大きいので、諫早のコピー専門店に持ち込みました。ついでにデーターにも落としてもらいました。


コピーについては紙を押しつけてコピーしますが、紙が弱くなっているので好ましくはなく、また、光線を当てるので、これまた好ましくないのですが・・・。本来なら、カメラで撮るのが一番なのですが、資材がなくてですね・・・


下が3年ほど探して手に入れた、吉田初三郎の英文の鳥瞰図のパンフレット。もう片面は全文英語で外国人向けのパンフレット。左はデーターに落としたものを、貼り付けましたが、専門店だけあって、きれいに出ています。


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雲仙の中心地あたりですが、細かいですね。


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吉田初三郎の弟子で初三郎の最大のライバル金子常光の鳥瞰図。作風は違いますが、これも又優れた作品です。

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作者は不明ですが、他の鳥瞰図は変わって、これも味わい深くて良いですね。

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2022年7月30日 (土)

「因果物語」の雲仙地獄について

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「因果物語」全三巻の仮名草子本。作者は鈴木正三。勝手に平仮名本が刊行されていたため、弟子たちが1661年に正本として発表。

内容は鈴木正三が見聞した諸国の怪異譚。仏教談義な材料として怪異譚、因果を収集したもの。


このなかに、雲仙の地獄を記述したものがあります。この本については国立国会図書館デジタルコレクションで見る事ができます。上の写真はそれから取った物です。


右が初めの部分「十四 生きながら扡ごくに沈みし出家の事」。

物語は、豊後の町人、肥前の出家、牢人の三名が温泉(うんせい)に行ったとき、出家が煮湯の湧き出でるところに指を差し入れたが熱くもなく、ただ、煮え湯から指を引き出したとき堪えがたい熱さが。また、その指を煮え湯に入れれば熱さが止む。また、指を引き出せば耐えがたい熱さ。とかくするうちに、引き出されず次第に深く入り、腕を差し入れるようになり、引き出せば、また、熱く。後には総身をみな入れて、頭、目だけを出すようになり、ついに底に沈みけり。

という物語なのです。


さて、話は別にして、最初の部分「肥前の国嶋原という所に、温泉(うんせい)が嶽とて・・・」と書いてあります。「温泉(うんせい)」とは書いてありますが、「肥前の国嶋原」とあるので、現「雲仙(うんぜん)
」です。

「雲仙」は昔「温泉」と書いて「うんぜん」と読んでいましたが、「うんせい」という読みもあったのでしょうか?


もっとも「千々石」を「千々岩」と書いた江戸時代の街道図、戦前の地図なども残っているので、地名は意外とラフな表現もあるようなのですが。

左の図が最後の頁になりますが赤丸の所、頭だけを出した人物が書いてあります。


下の絵図「雲仙お山の情報館」所蔵の雲仙の絵図で、何回か紹介しましたが、地獄が沢山書いてあります。ただ、上の地獄がどこなのかは不明。


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2022年7月25日 (月)

「伊能図」で雲仙を遊ぶ

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よく、今の地図に伊能図を重ねて、今の道と昔の道を比べたものがあります。

これ、以前より自分でできないかと思っていました。もちろん、それなりのソフトを使うという手もあるのですが、ソフトは金がかかるし、慣れるのに時間がかかる。で、生来、へそ曲がりなワタシ。イロイロと考えてみました。


例の如く、各写真はクリックすると拡大します。現在、雲仙の事を調べていたのでこれを素材にしました。


伊能図は書籍になっているのもありますが、現在、ネットでも拾えます。下の左の写真は雲仙をiPadで拾いスクショしたもの。〇印の部分を調べたかったのですが、これでは小さいので、使えるように右のように拡大しました。


大事なのは、基点になるところを探すこと。左の矢印、温泉神社があります。これは、今も昔も変わっていません。もう一ヵ所。右の矢印、ここで、道が分かれ、右へ行けば小地獄へ。この道は、多分変わっていないなと検討をつけました。ヤマカンですが。


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あと、プラステックの薄い板なり、透明の下敷きなりを、上の右の図に載せ伊能図の赤い道をそのまま書き写します。「1」は小地獄への分かれ道、「2」は神社。

右は調べたいところの現在の図ですが、GoogleマップなりYahooマップなり国土地理院のマップ等をiPadでとります。もちろん基点となる地点をしっかり把握しておいてください。


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あとは、上の左の赤い街道をPadの地図に乗せ、iPadの地図をスワイプして拡大、縮小。基点を合わせていきます。一番上の写真。

今回分かったことが2点。


下の①は桜橋、有明ホテルがあるところ。現在、小地獄へ行くには①から写真で緑の道を下の方へと行きますが、昔は、この道はなく、旧雲仙小中学校付近からの道が街道であったことが分かります。


第2点は①から右への緑の道が現在のメイン道路ですが、以前はこの道はなかったこと。①の地点から赤色の道をまっすぐ行くと原生沼。昔、小学校があり、その地点を右に曲がると温泉神社にでます。これが当時の街道であったという事です。


なお、このことは「明治期の雲仙温泉~秘蔵古写真でたどる雲仙温泉の『避暑地時代』」~岡山俊直著に次のように書かれています。


雲仙地獄の古写真の説明として「現在の国道57号線、新湯と古湯をつなぐ雲仙温泉のメインストリートがまだありません。・・・」


なお、金井俊行箸の「温泉案内記」(明治26年刊)でも、桜橋、有名ホテルからの道で「学校ノ前ヲ過キ右二折レバ湯ノ里ノ人家ニシテ・・・」とあり、前にも書いたように小学校は原生沼の前の場所にあったので、赤色の道が明治中期においても当時のメインストリートであったことは間違いないと思います。


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ということで、伊能図で遊んでみましたが、思ったより簡単で意外な発見もありました。皆さまも近くの道を調べるのも面白いかも。小学生の子どもさんをお持ちの方は、夏休みの自由研究として面白いかと思います。

ただ、伊能図は必ずしも現在の地図とはピッタリ合うとは限りません。海岸線は正確ですが、内陸部の街道についてはズレがあります。ただ、道の曲がり方などは同じです。

2022年7月22日 (金)

コロナ予防ワクチン接種(モデル)~4回目情報

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コロナ予防ワクチン接種の4回目です。

先週、連絡が来ました。4回目ともなれば皆さん慣れて、予約が余裕で取れるかと思ったら、かかりつけのお医者さんの予約は、やっと取れたという状況でした。昨日が接種日。


ワクチンについては、流言飛語も交えイロイロと情報が流れていますが、まあ、打っておいた方が良いだろうと受けることにしました。ただ、5回目もあるとおもいますが、なんとなく、どうでもいいや、という感じになるかと。


病院の予約が3時から。廊下に椅子が8脚ほど並んで、お医者さんが次々に問診。以前は、一人ひとり診察室に入って問診、接種だったのですが。で、今回は看護師さんが接種。お医者さんよりお注射は上手でした。あれ、まあ終わり・・・?。


3回接種しているので、なんともないかな、と思ったらワクチンが「モデルナ」。多少、緊張しましたが、打ってみればなんともなく・・・と言う感じ。


終わってからの待ち時間が15分程度。無事帰宅。いつもより早い時間に寝ましたが異常なし。


今日の朝から、腕が少し痛みましたが、生活するのに不便はなし。若干、ボーとはしましたが、いつもボーとしているので、接種のせいかどうかは不明。
ということで、現在21時時点では無事です。異常がでたら明日投稿をします。イロイロと聞いてみたら、具合が悪くなった方、なんともない方、個人によってかなりの差があるようです。

でも、まあいつになったら、正常になるのでしょう・・・( 。-_-。)



«「一汁一切でよいという提案」~土井善晴著

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