2021年1月24日 (日)

「ひとりぼっちの誕生日」

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朝から目を覚まして、あれ、今日はなにかあったような。という気がして考えると、私の誕生日でした。

毎年の事、ウチのオクサマは気づいてくれるはずもないので、ケーキをオクサマの分と2個買ってきて、一緒に暮らしてきた年月を語ろうかと思ったのですが・・・電話が入ってきて、オクサマの知っている方が亡くなったとかで、遠方なので、そそくさと出かけられました。


で、一人で食べようかと思いケーキの箱を空けると、アレレレレ(^^;)、一つは消えていました。誰が、いつ食べたんでしょう。


ということで、上の写真のように一人で誕生会をしました。少し寂しいので、猫さんをお招きして(^o^)。コーヒーは先日紹介した「nai」さんのコーヒー、マグカップはもちろん「鬼滅の刃」。

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近年、バレンタインデー、ホワイトデーが定着をし、ハロウィンなどと何やら分からぬ日まで出て来て、皆さん騒いでいます。で、時代劇、江戸時代を舞台とする落語などで、「誕生日」という言葉は聞いた事が無く、少し調べると・・・

「誕生」と言う言葉は古語辞典には載っており、「生まれること。『王子御誕生有りて皇太子に立ち』〈平家・一・吾見栄花〉」と言うことで、平家物語にも載っているので「誕生」と言う言葉は昔からあったことが分かります。なお、語源については、各自、調べ学習を。

「誕生日」は、ネットにいろいろと出ていますが、納得できるのは、「数え年」「満年齢」の違い。


昔の歳の数え方は「数え年」で、生まれた年が1歳、年が明けると一つ歳を取っていきます。12月に生まれた方は、生まれたときが1歳。年を越して1月1日になると、早くも2歳。日本国民全部、元旦になると、せ~の、で、一つ歳を取るわけです。ですから、生まれた日を祝うという事は無かったようです。


で、満年齢が定着するのが昭和24年交付、昭和25年施行の「年齢に関する法律」で、誕生日に一つ歳を取ることになります。これで、生まれた日を祝う、という風習が生まれたそうです(明治35年に「年齢計算二関スル法律」も施行されたそうです)。


以上諸説あるようですが、これも、各自、調べ学習で。


下の写真は、大昔の誕生日、子どもが幼稚園の頃、「今日はおとうさんの誕生日だから、誕生祝いをよこせ」と言ったところ、5分ばかりして持ってきたもので、なかに折り鶴が入っていました。お守りです。


子どもは忘れているでしょうが、私は今でも大事にしています。自分が子どもの頃を考えても、同じようなものでした。親も子ども、こんなもんでしょう、と誕生日について考えた一日でした。

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  【日だまりにたった一人の誕生日】




2021年1月22日 (金)

今年は「豆本」集め

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孫に送ってやろうと「豆本」を買ったら、これが、なかなか面白く、結局自分の本棚に入れました。

先日、正月用のマスクを紹介しましたが、これは百人一首の豆本を買ったときのオマケです。本よりマスクの方が高いのでは、という感じですが。マスクは本の表紙に使っている布と一緒のものです。


右は、絵が描いてある豆本。なかなかに面白く、五百羅漢に鳥獣戯画に東海道五十三次。


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金子みすゞさんの詩集。少し大きめですが、手のひらにすっぽり入り、字も大きめですからポケットに入れて、ちょっと時間があるときなどにでも。

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本格的に豆本ですが、十円玉と比べてみてください。

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スティーブン・キングの本。本の題はハッキリ見えますが、中身はよく分かりません。表紙はちゃんと印刷されています。3冊入手しました。

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レンブラントの画集に、子どもの絵本。

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右側はマザー・グース。

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"石川啄木”の「悲しき玩具」。箱はちゃんとして、本もキチンと入ります、スピン(紐しおり)も付いています。もちろん字もキチンと読めます。「八年前の/今のわが妻の手紙の束!/何処へ蔵ひしかと気にかかるかな。」

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絵本は子どもが好きですが、豆本の絵本ならもっと喜ぶと思います。

さて、本をしまうときクシャミをしまして、ステーブ・キングの本が一冊吹き飛んで行方不明になりました。当分は、この部屋、掃除が出来ません。



2021年1月19日 (火)

第7回「えんがわ・一畳のきまぐれ資料館」~雲仙市千々石町

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ゆで野菜の「マルニ」さんが、加工場の母屋を地域の方に使ってもらいたいと、「えんがわ」と名付けた一角を一畳ばかり借り受け、冗談半分で始めた「一畳のきまぐれ資料館」も7回目を迎えました。飽きっぽい私にしては、よく続いたものだと感心しています。

第1回が「千々石・小浜の明治・大正、戦前の古絵葉書」。これについては、後日、珍しい古絵葉書、ガラス写真等も入手したので、再度、展示をしたいと思います。第2回が「島原・天草の乱 絵地図と軍記類の展示」、第3回が「長崎・江戸の古地図と明治・大正・戦前の長崎の古絵葉書」、第
4回が「アニメと挿絵原画の世界」、第5回が「栗原玉葉・森川青坡・正月用の引き札の世界」、第6回が「キリシタン禁制の高札」。ただ、昨年はコロナの影響で、2回程度しか開けませんでしたが・・

今回は「栗原玉葉と長崎古版画の世界」。

もちろん、昨年の栗原玉葉の掛け軸は展示をします。加えて、栗原玉葉は色々な雑誌に挿絵を描いていますが、今回のは、「若き日のために 絵と歌と物語」(岡上三咲・野口精子著・大正6年)の中に三つ折りで収められた栗原玉葉の版画を展示しています。題は「その夜の夢」。口絵が4点ほど入っており、これは、コピーにて展示をしています。


なお、この絵は国立国会図書館月報2018年12月 692号の表紙を飾っています。


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長崎古版画については、江戸期のものは1点で数十万円ばかりするので、買うのは無理ですが、版木が長崎市博物館(現在は長崎歴史博物館に収蔵)に残され、それを使って何回か摺った事があり、今回のは昭和39年発行で復刻版になりますが、長崎古版画の雰囲気は十分に味わえます。版木が傷むので、今後は摺られる事はないと思います。

「えんがわ」の場所が分かりにくいとのことですが、千々石郵便局から雲仙岳方面をみて、左手に道があり、左から3~4番目(間違いなければ)の平屋の少し大きな家です。


なお、コロナの状況が分からず、急遽お休みも考えられますが、状況を見て展示期間を延ばすかもしれません。一応、3月末日までの予定です。写真はクリックすると、ハッキリ読めます。



2021年1月16日 (土)

「nai」さんの自家焙煎のコーヒー~諫早市幸町

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先日、若い美女の方から、諫早に美味しいコーヒーがあるから、買ってきて(^o^)と頼まれ、美女の頼みとあれば、たとえ火のなか水のなか、ということで行ってきました。

場所はネットで確認をしていたのですぐに分かりましたが、調べなかったら分からなかったと思います。モロ工場の中です。お店の「nai」の看板は出ていません(Googleで「諫早 nai」で検索を)。


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駐車場は、お店?工場の前?に2台程度。お近くのアパートの所の駐車場の奥に3台程度。

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中に入ったら、工場の機械を全部取り払って、ガランとした中にプレハブが立っていて、これが自家焙煎コーヒーの「nai」さん。思わず、ホンマかいなと思いました。

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焙煎する機械。店の前には商品が並んでいましたが、種類はそんなに多くはありません。

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、ちゃんとコーヒーについてのしっかりした説明文が書いてありました。クリックすると大きく見れます。”Guatemala”を美女の分と私の分、2袋買ってきました。

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袋の裏には、生産国、地域、農園、農園主、品種、標高(1650m)、生産処理までちゃんと書いてあって、焙煎したのが、2021年1月13日。

右の赤丸は、ガス抜き。最近、一般のお店にある、少し高級なコーヒーにも見られるようになりました。


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左が今日買ってきたコーヒー。右が市販のコーヒー。挽き立てだったので、車で家まで帰るまでの1時間、コーヒーの良い香りに包まれていました。

店主さんが、まだ若いみたいでしたが、某コーヒー店に勤めていたそうです。なんとなく、ふわりとした、感じのいい方でした。


私、コーヒーの入れ方が分からないところがあり、しつこく聞きましたが、親切に教えてもらいました。淹れる所を見ると、調理用の計量器を置いて、コーヒー豆の重さ、お湯の量などもなども、しっかり計っていました。もちろん、タイマーも置いて時間を計測しながら・・・本格的にコーヒーを勉強したい方は行って見てください。私の後に来た方はコーヒーミルについて聞いていました。


それからですね、ここ、喫茶店でなく、コーヒー豆の販売専門なので、コーヒーだけは飲めません。豆をお買い求めになると、コーヒーを淹れていただけます。目の前で淹れるので、淹れ方がよく分かります。久しぶりの本格的、美味しいコーヒーでした。


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ということで、私も調理用計量器とタイマーを準備して、淹れてみました。いつもより美味しいコーヒーは頂けましたが、”nai”さんには安全に負けました。もっとも、あちらは何十年のベテラン、こちらは初心者で当たり前ですが。何事も修行が必要ですね。

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コーヒーの淹れ方は様々あるみたいです。嗜好品については各自の好き嫌いがあるとは思いますが、コーヒーが好きな方は一度はお越しのほどを。

忘れていました。一番上の写真のカップはローソンでゲットした「鬼滅の刃」カップです。



2021年1月13日 (水)

「謎の探検家 菅野力夫」~若林純著

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世界探検家」を名乗る”菅野力夫”氏です。

明治末~昭和初期まで、シベリア、中国、東南アジア、インド、南アフリカ、ハワイ、南米まで8回に渡り探検をおこなっています。


現代から見れば、たいしたことは無い、とも思われるような”探検”ですが、旅行会社も格安飛行機どころかロクに飛行機も無く、インターネットもないので現地の情報もつかめない時代、ということを思えば、大変な事業であったと思われます。


若林純氏は右の絵葉書を古書店で見つけ、衝撃を受けたのが”菅野力夫”を調べるきっかけになったそうです。なお、この絵葉書が、若林純氏の著書の表紙になっています。

氏は、”菅野力夫”の親戚を当たり、そこで遺品のアルバム、写真、新聞記事等々を入手し、それを元に本を書き、その写真等がこの本に収められています。


”菅野力夫”の時代は辛亥革命、孫文の活動等があった時代であり、菅野力夫は頭山満の書生になっており、その墓の表には頭山満の揮毫による「菅野力夫之墓」の文字、裏は元福島県知事・宮田光男の寄贈文が刻まれているそうです。


第1回目の旅行は金銭面でも苦労したらしく、まだ九州を無銭旅行中、新聞にも載っており「旅中は絵葉書を売りて生計をたて・・」「宿屋が何処も断るので仕方がないから寺に泊まり或いは野宿もしました。」というような状況。


第3目の旅行からは経費の面でも安定したらしく、ハワイで世界探検に関する講演会を82回おこない、4万ドル(昭和34年で1,500万円)を得たそうです。


この講演会の様子は若林氏の本に多数書かれていますが、「聴衆なんと800余人、午後7時に始まり、得月楼芸妓春子の琵琶歌、南海県湖水の浪花節を間に挟んで、12時まで延々と5時間、獅子吼し雄弁をふるい聴衆を魅了した。」そうです。人を魅了する力、話術があったことと思われます。なお、この時、講演をしながら四国を自転車で走破したそうです。


なお、上の絵葉書は第3回目の絵葉書に含まれていますが、第3回目の旅行については2種類の絵葉書集があり、そのうちの「第2」の中に含まれ、ペルーでの写真になります。

「インカ帝国ルリン宮殿の廃墟にて 世界探検家 菅野力夫 西班牙の猛将フランシスコ・ピサロの浸入(西暦1531より同35年に亘る)によって大虐殺されるインカ帝国良民の屍は数百年の星霜を経たる今日なお荒寥たる砂漠の中に累々たる。・・・」と説明があります。

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第3回目の2種類の絵葉書です。

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下の写真は第2回目の旅行に出発する日比谷公園の様子です。菅野氏は自転車を利用していますが、この自転車は宮田製作所より提供された”アサヒ号”でイギリス式アサヒスペシャル号を改造したものだそうです。

「世界無銭徒歩旅行者菅野力夫氏悲痛ナル告別演説ヲ試ム(大正三年八月一日於日比谷公園)」とあります。


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なお、大正4年7月16日、長崎で、長崎4紙主催講演会ををおこなっております。「東洋日の出新聞」は長崎市では有名な「ツル茶ん」の所にあり、店の前には「孫文先生縁故之地」の説明版があります。東洋日の出新聞社主・鈴木天眼が辛亥革命以前に孫文を土蔵にかくまっていたそうです。

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   (「謎の探検家 菅野力夫」より)

菅野力夫は生前の時は新聞等に紹介され、かなり有名であったそうですが、絵葉書は沢山残っているものの著作等、自分で書いたものが無く、そのため若林氏によれば、忘れられたのでは無いかとのことでした。せめて、講演会の記録でも残っていればとも思うのですが・・・




2021年1月11日 (月)

令和3年 橘神社・少し寂しき「鏡開」でした~雲仙市千々石

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上の写真は一昨年だったか、橘神社の鏡開の時の写真です。

今年の七種粥の振る舞いは中止だったので、鏡開きも中止かと思って、橘神社のホームページを見ると、中止にはなっていないので、一応出かけてみました。


が、ですね、例年のように焼いて食べるのを期待していったら、。はみきりで餅を切って袋に入れて配っていました。時節柄仕方ありませんネ。


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コロナが流行っているので、今日は、マイ皿とマイ箸とマイ調味料(ニワカそうす・甘みのある調味料で私の愛用。甘みがあるので、砂糖は不要)を持参して行ったのですが・・・家に帰ってレンチンして食べましたが、はやり、火であぶって、きつね色の餅とでは比較になりません。

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鏡餅は”鏡”に似ているから”鏡餅”というと思ったら、少し違っているようで、山本健吉さんの俳句歳時記によれば、「『鏡餅』という名は、鏡の形の丸い餅だから名付けたのではなく、鏡に写すようにそこに人々の『命』の指標をも考えたのであろう。それでこそ、鏡餅がその人の千代をことほぐことになった。」のだそうです。

なお、「鏡開」は「正月11日、鏡餅を卸して食べること。武家では具足開きと言い、具足に供えた鏡餅を割り、女子には鏡台に供えた鏡餅を割った。刃物で切ることを忌み、手や槌で割り書く。」となっています。


公園の桜はまだまだ。出店は今日が最終日でした。早くコロナが終息して、桜の下で花見を、正月には火であぶった餅を食べたいものです。

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橘神社の初詣も少なかったそうです。また、GoToキャンペーン中止のため、団体客の参拝などもすべて中止になったそうです。

来年は是非、前のような鏡開に期待したいものです。下の写真は、年末年始にがんばってこられた総代の方々です。来年もがんばってください。

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2021年1月 8日 (金)

「雲仙ゴルフ場」への道~長崎県雲仙市雲仙

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絵はがきの説明は「長崎縣温泉(注:うんぜん)公園ゴルフ塲(じょう)通路」。ゴルフ場に行く道ですね。英文で「Unzenpark,nagasakiken」。写っている人の背丈からみると、意外と広い道に思えます。各写真はクリックするとはっきり見えます。

雲仙のゴルフ場は、「大正2年〇『県営ゴルフ場』〇『県営テニスコート』開設」となっています。


下の左の写真は「昭和7年頃、ゴルフ場に集まるタクシー」となっています。右の写真は時代が分かりませんが、背景の風景を見るとゴルフ場。
思ったよりというより、こんなに雲仙のゴルフ場にタクシーが集まるものかと?

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   (「2005 小浜町80周年記念誌」より)           (「雲仙お山の情報館」提供)

雲仙への自動車道路の写真はあちらこちら見られるのですが、ゴルフ場への道を撮したものは少なく、下は以前にも紹介したゴルフ場付近の道が写っている写真。

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 (「雲仙」昭和2年・雲仙岳後援会発行)             (「雲仙お山の情報館」提供)

下はGoogleEarthの写真で、赤の丸が「ゴルフ場」、緑の丸が「温泉街」、「A」が温泉街からゴルフ場にいたる道、「B」は島原にいたる道。「C」は国見町にいたる道。

「B]と「C」の付近には旅館はありません。ということで、一番上の写真は「A」の道のどこかと思われます。


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現在の「A]の道。片側が崖、もう片側が川、多分「加持川」か?こちらはゴルフ場に向かうところの写真です。一番上の写真とは逆になっていますから、ゴルフ場に向かうのを向こう側から撮ったものですが、写真には裏表逆に焼いたものや、この間紹介した「長崎福田の千本松原」が千々石の松原だったりで、昔の写真は良く見ないと、というところもあるのですが・・・

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上の写真、いつ頃撮られたかですが、考えてみるとゴルフ場横を通って、温泉街に行くには、島原~雲仙の道路が完成していないと通れないわけで・・・

「湯煙の記憶・雲仙国立公園年表」(国立公園ビジターセンター運営協議会)には「1922(大正11年)〇温泉(雲仙)~島原間に自動車道路完成」となっていますが、「雲仙の歴史・長崎県発行(昭和59年3月)」には「雲仙ー島原間自動車道路は、大正12年に完成しており・・・」という記述があります。少し違いがあります。


ところがですね、同書をよく読んでみると、「4)公園の管理と道路、公園事業の推進」の「二、自動車道路、その他の道路整備」の所に「・・・大正元年にはゴルフ場まで、大正5年までには普賢への登山道路が改修された・・・」と書いてありました。「改修」がどのようなものであったのか、気にはなるのですが。


ゴルフ場の開設が「大正2年」で、道路が「大正元年」なら、道路が先にできたことになりますが、考えれば工事の時は、現場までの工事用の取り付け道路が必要なので、ヒョッとしたら、とも考えられます。いずれにしても、上の絵はがきの道路は、作られたか改修された道路かはハッキリしませんが、広さからみると、少なくとも大正5年には作られた道路だと思われます。

大正13年、杉村廣太郞氏の「温泉嶽を繞りて」に温泉街からゴルフ場に至る風景が書いてあり・・・

「・・・昨夜見た古湯の町を、出外れて右に折れ(注:多分、旧東洋館あたりか)自動車の通ふ廣い道路を行くと、やがて一方が山で、一方に谷深く樹立を透かして、清らかな水が巌間を流れている加持川が見える。この川も又温泉(うんぜん)名所の一つで幽邃閑雅な仙境である。・・・」


多分、上の写真が撮られた年月は分かりませんが、杉村氏の書かれたような情景であったのでしょう。いまは、単なる道路になりましたが。この写真、どこで撮られたか、いずれ調べて見ようとは思っています。


2021年1月 6日 (水)

久しぶりの「週刊ポスト」

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久しぶりに「週刊ポスト」を買ってきました。以前は「週刊現代」も買ってきて比較していたのですが、年金生活も厳しくなって、お色気のある週刊ポストを選んできました。

■「AI地震予測2012」

島原半島の橘湾の沖にはマグマ溜まりがあり、千々石には千々石断層があり、いつ、地震があるか心配です。

このAI地震予想、「国土地理院が全国1300ヵ所に配置する電子基準点の過去1年分のデーターを人工知能(AI)にインプットし、直近1週間の地表の動きと比較させることで、大地震発生の予兆を察知する『ダイナミックスAI地震予測』を実用化した」ものだそうです。


で、第1位が北海道南西、第2位が北海道北西部、第3位が信越地方・群馬県、第4位が東北地方、第5位が九州南部。島原半島はかろうじてセーフで、なんとなく安心ですが、熊本地震の時は神社の鳥居の貫が落ちたりで影響があったので、気を付けたいところ。


■「さらば管総理総選挙465議席完全予測」


桜を見る会、吉川元農水相の汚職、河合夫妻選挙違反事件、GoToキャーンペーンの対応、管総理の記者会見の言い間違え、読み間違え、と考え行くと納得できる「予想」ですね。ただ、野党もなんとなくパッとしないし。どちらがましかの、消極的選択の選挙ですね。


■「親が夫が妻が死んだ後も、知らずに払い続けてしまうお金23」


親、夫、妻が死んだ後、公共料金、携帯電話・通信、各種カードなど、解約を手続きをしなければ支払いが継続するのがあるそうです。で、早急に支払い停止の手続きをしなければならないのですが、ウチの親は電話くらいで良かったのですが、私の場合は、ネット関係、公共料金、携帯電話、通販の特別会員の支払い等々あるので、残された者は大変だと思います。

一応、書いてある物を写すと、銀行口座(注:お年寄りは郵便貯金が多い、田舎では農協関係)、ネット銀行、クレジットカード、固定電話、携帯電話、動画配信サービス、ケーブルテレビ、インターネットプロバイダー、定期購入品、新聞等の定期購読、ゴルフ・フィットネスクラブ会員とまだあるのですが、あと、土地、自宅の名義変更、住宅ローン、公共料金の名義変更、生命保険の確約も大事ですね。

ウチの親は、保険、貯金等々、キチンと帳面に付けていたので助かりました。皆さんも、生きているうちにまとめておきましょう。死んでからでは、書き残しておけません。印鑑のあるところ(ハンコ撲滅などと言っているバカもいますが)、暗証番号もお忘れ無く。


■書評で嵐山光三郎氏、「わたしの好きな季語」(川上弘美著)


わたしも、多少俳句をひねったことがあり、季語を勉強しましたが、夏の終り、まだ暑い夜、ふと吹く風に秋を感じたりしました。孤島に流されたとき、本を一冊もっていくなら「季語」の本ですね。


七種粥の句。「せり・なずな、以下省略の粥をたく」(池田政子)。


■「飲めば飲むほど不健康になる薬」


あちらこちら体調を崩し、7種類の薬を飲んでいます。

某総合病院にかかっている方が、10種類ばかり薬を処方されたそうですが、面倒くさくて全部捨てていたそうです。家族が心配して、お医者さんに相談したら、2種類になったそうです。薬で心配なら、遠慮しないでお医者さん、薬剤師さんにご相談を。

■「真っ二つの大論争」


表紙に載っているような記事ですが、これ、あちらがああ言えば、こちらはこう言う、てな具合でなんとなく「どうでもいいや」というという感じなのでパス。


さて、ここまで書いて、アレ?と思うのが、裸の漫画や、写真を見ても、イヤらしい記事を読んでも興味をそそらないのですね。たしか、5年ほど前は一生懸命みたり、読んだりしたのですが、どうしたことでしょう、歳をとるって悲しいですね。

とは言っても「大正時代のセックス」。これ、昭和の方が良いですよ、裏ビデオの「洗濯屋ケンちゃん」。8ミリで見た、最後にハラリと花が散る場面。ロマンがありました。



2021年1月 4日 (月)

「たい焼き」のアンコから、ブレない心を考えた。

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「白いたい焼き」クン。一時流行り、あちらこちらお店を見かけました。最近はお店どころか「母さん、あの白いたい焼き、どうしたんでせうね?」という状況です。

白いたい焼きどころか、普通のたい焼きも見かけなくなりました。お好み焼き、たこ焼きは見かけるのですが・・・世の中、健康志向が強く、甘い物は避けるようになったのかな?珈琲も昔はどっぷりと砂糖を入れていたのですが、現在、見ていると皆さんブラックばかりですね。


さて、上の普通のたい焼き、食べてみてアンコが少ないなと思って解剖したら、申しわけ程度のアンコでした。


何十年前だったか、このたい焼きのシッポまでアンコが入っている店があり、話題になった記憶があります。他の店も真似をしたものか、シッポまでアンコを入れる店が増えた覚えがあります。


その時分、ラジオの深夜放送をよく聞いていて、永六輔さんが、たい焼きについて語っていました。うろ覚えですが・・・たい焼きのアンコがシッポまで入っているのが良いという意見がある。でも、たい焼きは、お腹の中のアンコを食べ、口の中が甘ったるくなったところに、アンコが入ってないシッポの所をカリッと食べて、お口直しにするのが、本当のたい焼きだ。


最近は鬼滅の刃が流行、その前はONE PIECE、その前は進撃の巨人、その前はジョジョの冒険、その前は何だっけ?今はSNS、マスコミ等で少し話題になると、どっと、その方向に流されてしまっています。

たい焼きの”アンコ”と一緒ですね、アンコがシッポまで入っているのが話題になると、それが正しいと思う。本当はどうなのか検証もしないで、そちらに流されてしまう。

「価値観の多様性」という言葉があります。あれ、「ブレない心」、言い換えれば「自律性」があるから生きるのです。「ブレない心」があるから、色々なことから、是とするところ、非とするところが見えてくる。「ブレない心」が無いのは「多様」ではなく、「混乱」と言います。「多様性」ではなく、「価値観の混乱」が、今の世にはびこっているように見られます。混乱の中、いろいろな物に流されているのが現代だと思います。


年頭にあたり、今年は「ブレない心」を気がけて、一年を過ごしたいと思っています。


ところで、「気がける」を調べていると、これって、方言らしいですね。広辞苑にも載っていません。”Y!知恵袋”に「〈気がける〉という言葉が〈気にかける〉の方言だということを最近知りました。」という質問のベストアンサーに「・・・『気がける』は、ほとんど日本人には理解できないでしょう。従って、筆者が『気がける』と書いている場合は、修正するでしょう。」と回答してありました。これについては、もう少し調べたいと思います。

いまや、先生も父親も子供のお友達になりました。永さんみたいに、おっかない顔で、ユーモアを交えて世の中を語る大人が少なくなりました。今の時代、是非読んでもらいたい本です。

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2021年1月 1日 (金)

令和3年 千々石「三社詣」

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「三社詣」とか「三社参り」とか言うようですが、例年通り回ってきました。

最初は、地元の「天満宮」。住んでいる地区の産土神です。年越しの案内がきましたが、調子が悪くパスをしました。この拝殿”暖炉”が作ってあり、神事の後、回りを囲み暖まりながら話に花が咲きます。まだ、良い匂いが残っていました。


次が「温泉神社」。千々石の守り神様。お馴染みの”茅の輪”。


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今、流行の「花手水」「手水花」。表現が両方あるようですが良いですね。ただ、コロナの影響で手を洗うことは出来ませんでした。あちらこちらで見られる、手指の消毒液。

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最後が「橘神社」。コロナの影響でどうかと思ったのですが、思ったより多くの参拝の方でした。本殿の方は昨年は2列でしたが、今年は1列でした。この神社のお参りの方は、いつもキチンと並んでいますね。

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出店は昨年と同じくらい。昨年より少ないようでも結構なお客さん。毎年、1月7日、このテントで七種粥の振る舞いがあっていたのですが、今年は中止です。

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少し、ウロついてみました。左は雲仙岳。一番尖ったところが”平成新山”。うっすらと白くなっていました。右は、福石様。天気が悪かったので、良い写真は撮れませんでした。上げ潮ですね。

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商店街。あちらこちらと店を閉めました。見ると辛いですね。

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昨年のお約束通り、正月用のマスクを付けて行きました。はやり、少し恥ずかしかったので、帽子とグラサン姿で行きましたが、皆さん、なんとなく避けていきますね。

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と言うことで、三社とも”コロナ退散”のお参りをしてきました。効果があれば良いのですが・・・(^_^)v。



2020年12月30日 (水)

「正月用」マスク

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最近はマスクを付ける方がほとんどで、こんな格好をしていても、怪しむ人がいなくなりました。

コロナの影響で暗い日々が続いています。初詣も前倒しで年内にとか、帰省出来ない方、会食はするなとか・・・

で、せめて、気分だけでも明るくと、正月用のマスクを手に入れました。

正月はこれを付けて、初詣、年始回りをするつもりでいます。なお、カミサンにペアマスクしようか、といったら一言「アホ!」。

帽子とサングラスは取っていきます。一応、サングラスはアメリカで買った、Ray-Banです。

皆様も良いお年をお迎えください。また、来年出没します。



2020年12月27日 (日)

橘神社「大門松」完成~雲仙市千々石町

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11月22日に土台作りが始まり、29日、12月6日、13日、20日、と作業が続き、今日12月27日、総仕上げと「大門松竣工清祓式」を迎えました。

今年は天候に恵まれ、工事は順調に進みましたが、今日の天気予報では昼から雨とのことで心配しましたが、なんとか無事、式が挙行されました。


最初に神事。お祓いは橘神社橘宮司。橘神社に祀られている橘中佐の子孫になります。


次に、神楽舞。千々石中学校の吹奏楽部の皆さんが舞っていますが、今年は2年生の部員がまったくいなく、3年生は部活卒業。1年生2名で舞いました。2名とはいえ、気合いが入っていました。最近は、吹奏楽がブームになっているのですが・・・来年の新1年生の入部に期待したいところです。


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肥前千々石鉄砲隊の演技。最近は、あちらこちらで頼まれて出かけているそうです。空砲とは言え、すごい音がします。警察のご指導で近くに寄れないように、ロープが張ってあります。

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参道には出店が並んでいましたが、まだまだですね。コロナの影響でどうなるんでしょう。
軍神橋の下の桜。ライトアップで一番きれいな桜。この桜が満開の頃、コロナが終息すると良いのですが・・・

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2020年12月25日 (金)

まるいもの

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最近、コンビニに寄った時、一番にスイーツコーナに行くのが癖になって・・・

昨日、セブンイレブンのスイーツコーナーを見たら、”食べマスモッチうさまる2”
が並んでいて、「うさまる」(メープル味)と「うさこ」((いちごミルク味)さん。各々、10種類の表情があるそうですが、田舎なので、2セットしかありませんでした。

で、まるこっくって可愛いデスね。なぜ丸いものは可愛いんでしょうか?ドラえもん、チコちゃん、パンダ等々、みんな丸っこい。と言うことを思っていたら、今読んでいる本に丸いものについて書いてありました。


著者は「大山澄太」。山頭火の紹介者ですが、山頭火を知っていても、大山澄太を知っている方はあまりいないと思います。東京にいた頃、大きな本屋さんで文庫本だったか、山頭火の著作集を見た覚えがかすかにあります。編纂が大山澄太さん、だったかな?


とはいっても、当時、
山頭火については、俳句とは関係のない、一般の人が知るところでは無かった覚えがあります。

永六輔さんが深夜放送で、山頭火についてかなり熱心に紹介をして、それから一般の人も知ることになり、ブームになった覚えがあります(かなり朧な記憶ですが・・・)。永さんは「笠へぽっとり椿だった」と「うしろすがたのしぐれていくか」を紹介した覚えがあります。2,3年前だったか福山雅治が出ていたCMで「分け入っても分け入っても青い山」を使っていました。わたしとしては「ちんぽこもおそそも湧いてあふるる湯」が好きなのですが。

閑話休題、大山澄太の文章は以下の通りです。

・・・・・

そうした正月風景の中で、一番眼に立つのは、まるいものの姿である。門にはためいている日の丸のまるさ。床の間に飾られた餅のまるさ、神棚につるされた橙のまるさ、酒をくむ杯のまるさ、まるい箸で、まるい煮豆をつまみ、まるい蜜柑をむいで食べ、羽子のまるい黒玉を打ち、まるい風船をあげ、まるいパチンを土に地に叩いて遊ぶ。見るもの、食べるもの、飾るもの、使うもの、みんなまるいものばかり。
 まるい物を愛することは、やがてまるい心を愛することにもなってくる。いや、心がまるいからまるい物を愛するかも知れない。われわれの心は、元来まるく出来ている。まるくて、ころころと、事に応じて行って止まるところがないから、こころと言うのだと、古人はいうている。そうした本来の心に帰って正月を楽しむから、自然にまるいものを、多く用いるようになったかと思う。(以下略)

コロナでギスギスした世の中、せめて正月だけでも”まるく”過ごしましょう


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追記ですが、山頭火の日記に三つの誓願が書いてあるそうです。

「今日一日 腹を立てない事」

「今日一日 嘘を言わない事」
「今日一日 物を無駄にしない事」



2020年12月23日 (水)

「ブラック・ショーマンと名もなき町の殺人」★東野圭吾~本の帯についての推理

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先日、本屋さんに行ったら上の本が平積みで置いてありました。

見ると多少の違和感を覚え、何故かな?と思ったら、表紙に”帯”が無いんですね。別名”腰巻”とも言います。私としては”腰巻”の方が好きで、これを取りながら、”殿、およしになって・・・"、”まあ、いいではないか・・・”などと言いつつ・・・あまり書くとセクハラになるので止めますが。


この帯についてこだわるのは、若いとき印刷会社に勤めていて、その関係で出版社にも多少かかわりがあったからで、本を売るのに関しては編集の方必死です。


本の帯は本が平積みになっているとき、他の本より目立たなければ効果がなく、また、パッと見て本の魅力なども伝えなければならければならず、意外と本の帯に惹かれて本を買う人もあります。


というように、重要な”帯”なのですが、この本になぜないのか?一応、1,800円+税、少ない年金の中から払って買ってきました。東野圭吾さんについては”容疑者Xの献身”は読んで、なかなか面白いな、とは思ったものの日本の推理小説は苦手で、あまりは読んでいません。


余談ですが、やはり推理小説で面白いのは”シャーロック・ホームズ”ですね。中学校3年の2学期に読んで、受験勉強もせず読みましたが、それなりの高校に入れたのは、私の頭が良かったのか、テストが簡単だったのか・・・


小説の内容は、観光地ながらも余り有名で無い、寂れた町。その町で退職した学校の先生が殺される。離れて住んでいた一人娘の真世。警察から連絡があり、ふるさとに向かいます。


と、まあ、ありふれた出だしですが、ここに、叔父(叔父は父母の弟、伯父は兄、叔母、伯母も同じ。一応念のため。)が突如登場。叔父は高校卒業後マジッシャンを目指しアメリカへ。サムライ・ゼンと名のり、アメリカでは売れたマジッシャンらしいが、今は恵比寿で小さなバーを開いている。この叔父の登場で、俄然小説が面白くなります。


この叔父の所には、警察からは連絡が無いのに、なぜ家にきたのか?。実家には、ほとんど寄っていません。真世とも2,3回合った程度。え!これあり、という感じですが。


あとは、叔父がマジッシャン仕込みの仕掛け、ハッタリで推理を進めるという展開になります。この叔父が事件を解決していくところ、シャーロック・ホームズと杉下右京さんを思い出します。


さて、本論に戻ります「帯」の話ですね。本を読んでも勿論このことについては触れてありません。帯をしなかった事については。


①編集者が忘れた、ということは、まず考えられません。

②印刷が間に合わなかった、ということも考えられません。
③印刷したが編集者なり、著者が気に入らなかった、ということも考えられません。デザイナー、作者とは十分に打ち合わせはしているはず。
④作者が東野圭吾さんだから、黙っていても売れる。ということも考えられません。

ということを考えながら、表紙をよく見ると表紙の下にもう一つ表紙が隠されていました。下の写真です。

これには「帯」がついています。表紙カバーは色が違っていますね。ただ、それだけの違いです。表紙カバーが気に入らなくて刷り替えたのかとも考えたのですが、印刷前から編集者、著者とは入念な打ち合わせをするので、考えられません。

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一応、帯を外した状態です。色が違っているだけで他には変わりはありません。となると、問題は帯です。多分。と言うことで、「帯」をよくご覧下さい。クリックすると拡大します。

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さて、以下はあくまで私の推理です。

表の表紙の「帯」に「コロナの時代に、とんでもないヒーローがあらわれた(注:叔父さんのことです)・・・」。裏表紙の「帯」に「殆(ほとん)どの人が訪れたことのない平凡で小さな町。寂れた観光地。ようやく指した希望の光をコロナが奪い、さらに殺人事件が・・・・」とあり、この本にも「コロナ」が町に及ぼした影響のことが書いてあります。

現在、コロナが猛威をふるい、みんな戦々恐としている状態があり、SNS等での炎上、自粛警察なども現れる時代、「コロナの時代・・・ヒーローがあらわれた・・・」。


「寂れた観光地。ようやく目指した観光の希望をの光をコロナが奪い・・・」。今、寂れた観光地どころか有名観光地までアップアップしています。


このような時代、上のような表現が適切かどうか、出版に関わる人が気づいたのか、他から指摘があったのかとも考えられます。で、新しい表紙カバーをつけ、帯を隠すようにしたかと考える事ができます。


さて、表紙の色が変わっていますが、本の取り取次会社か直接本屋さんに依頼したのか分かりませんが、同じ表紙の取り替えを依頼すると、なぜ?ということになるので、色を変えて、「作者(デザイナー、出版社)が出来たものにが気に入らなかったから」と言い訳はできます。


本来なら、帯だけを取りかえれば良いのですが、それなら又「なぜ?」ということになるので、新しい表紙を被せることになったと思います。本屋さんにはそのまま新しい表紙カバーを被せて、と指示したのか、本屋さんも忙しく、古いカバーを取り、帯を外し、新しいカバーと帯を付け事ということは面倒くさいので、そのまま新しいカバーを付けたのかどうかは分かりませんが・・・。


以上が私の推理になります。あくまで、私の推理で。本当かどうかは分かりません。

今年はコロナで日本中というより、世界中が振り回されました。早くコロナが終焉を迎え、以前のような平和な生活が戻るように願いつつ、努力するところは努力したいと思っています。




«よく見れば「点字」・・・

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