2016年8月31日 (水)

「亭主達が最も恐れる最強の生物『ツーマ』」~全亭協 天野周一会長

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ここ数年、長崎本土には台風が来ておりません。以前は、台風というと必ず長崎方面に向かっていたのですが。今回の台風はUターンして思わぬルートをたどりましたが、やはり、こちらにも多少影響があるのか、海岸を散歩すると風が強く、波がいくらか荒れているという状態でした。

という事を書いていると、少しガタガタときて、TVをつけると熊本方面が、震度5弱だという報道が入って、この地震いつまで続くのでしょう。もう、いい加減にと思うのですが。

さて、いつものように、全国亭主関白協会 天野周一会長よりメルマガが来たので、いつものように、皆さんの参考にしていただきたく、いつものようにご紹介を。


■亭主たちが最も恐れる最強の生物「ツーマ」
  手も速く、口からは機関銃とナイフが飛び出す(笑)。

25000人の亭主が肩をひっそり寄せ合って、”いかに上手に妻の尻に敷かれるか”を研究している団体。それが全国亭主関白協会である。

妻に逆らおうなどとは、露ほどにも思っていない亭主の集いだ(笑)。いや、正直にいえば、会員の皆が若い頃は妻と戦ってきた。だが、ある時、ある瞬間、妻には勝てないと悟った亭主達なのだ。

地球上の生き物の中で最強の動物、「ツーマ」。全亭協では「妻」と呼ばずに「ツーマ」と呼んでいる。この名前だけで強そうでしょ(笑)。なんか足が速くて、未確認飛行物体のような。

このツーマが子どもを生んだが最後、家庭のヒエラルキーの頂点に立つ。武田信玄の「風林火山」を御旗に、百戦百勝である。「手の早きこと風の如く。ふたりっきりの食事の静かなること林の如く。ちょっとしたことで怒ること火の如く。何を頼んでも動かざること山の如し。」もはや白旗を出す以外どんな手があるというのだろうか。

それでも無駄な抵抗をする愚かな亭主には、突然の三行半という大技がある。げに恐ろしきもの「ツーマ」。我家の武田信玄に打ち勝つ為に、戦いの基本となる、孫子の兵法を熟読したときもあった。36計逃げるにしかず。というあれである。

読み解けば、”戦わずして勝つ”が最善手と理解した。だが、それでも負ける。なぜなら勝ったとしても次の機会に5倍10倍になって返ってくるだけなのだ(笑)。

かくして全亭協には37計が書き記された。「戦わずして負ける」である。つまり、夫婦生活において全亭協では、勝利という言葉を辞書から破り捨てた瞬間でもあった(笑)。


《付録》

ネットで「マイナビウーマン」というのがあって、既婚男性を対象に、妻の第一印象と今の印象について聞いたそうです。

・あまり細かいことに気にしないタイプだと思ったが、こんなに気にしないとは思
  わなかった
・最初はわからなかったが、大ざっぱでワガママだと感じる
・思った以上に掃除ができなかった
・最初は楽しい会話のできる人だと思っていたが、実は天然だった

と、否定的な意見もありますが

・のほほんとした人かと思ったらすごくがんばり屋でしっかり者だった
・ここまで自分のことをしてくれると思わなかった
・母親になってから強くなったように感じる
・母親として、しっかりしていて、親の責任感が強いと感じる

さて、皆さんの奥様はいかがでしょう?なお、

・変わってしまったのは、体形かなぁ
・太ったし、化粧っ気もないから、今は全然キレイだと思わない
・出会ったときはメイクもばっちり、体形もスレンダーだったのに、今は・・・・

というのもありますから、体形にはご注意を、男性もですが (*゚▽゚)ノ

なお、まとめとして「なんだかんだと言っても、妻の変化をほほえましく見ている夫が多いようです」ですって。ウソだよ~。考えれば全亭協の皆さんとは年代が違うせいか?




2016年8月30日 (火)

「強父論」★阿川佐和子著~「恐怖論」ではありません「強父論」です

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「強父論」。「ごうふろん」か「きょうふろん」か読み方を迷ったのですが、表紙に「KYO-FU RON」と書いてありますから、「きょうふろん」になりますが、「強父論」ではなく「恐怖論」ではないかと思うのですが・・・

阿川佐和子さんはご存知だと思いますが、阿川弘之氏については、「山本五十六」を代表作として多種の作品があり、有名ではあったのですが、「阿川」でググってみると今や、「阿川佐和子」さんの方が上で、「阿川弘之」氏が次になっています。阿川弘之氏、あの世で苦虫を噛んでいると思うのですが。

阿川弘之氏は生前、子供に向かって「いいか、お前たち、俺が死んだら『故人について書かないか』という依頼がくるかもしれないが、良く心しておけ、もの書きの家族が『父は偉大でした』とか、『夫は素晴らしかった』とか、ああいうたぐいがいちばんみっともない。世の中に持ち上げられて、遺族はたいがい勘違いするものだ。そういう勘違いをしちゃ困る。いいな、わかってるんだろうな、わかってないのか、え?どうなんだ?」と言われたそうで、これに対し、佐和子さんは・・・・

「・・・お父ちゃんが忌み嫌っていたような『父を讃える本』には決していたしませんことを、誓います。そして、お父ちゃんがいかに無茶苦茶な人であったか。周囲がどれほどひどい目に遭わされたか。思い出すかぎり、精魂込めて書いてみることにいたします。それなら、お許しいただけますよね」という本です。なお、「目次の小見出しに、父の台詞を使うことになったのですが、それをごらんいただくだけで、どんな父親であったか、だいたいご想像いただけると思います。」

目次です・・・・・
「老人ホームに入れたら自殺してやる!」「結論から言え、結論から」「今後一切、誕生日会を禁止する!」「勉強なんかするな。学校へ行くな」「結婚か?同棲か?」「お前の名前はお墓から取った」等、なお、お兄さんの名前も見かけた墓から取ったものだそうです。詳細は本をお読みください。

「いったい誰のおかげでぬくぬく生活ができると思ってるんだ。誰のおかげでうまいメシが食えると思っている。養われているかぎり子供に人権はないと思え。文句があるなら出ていけ。のたれ死にしようが女郎部屋へ行こうが、俺の知ったこっちゃない」と言われたのが中学校のとき。もちろん息子には「女郎部屋へ行け」とは言わなかったそうですが。

こんなこと言ったら、いまや、家庭内暴力で警察が出てくるか、離婚して高額の慰謝料を取られるでしょう。または、佐和子さんがグレて、今頃「姉御(あねご)」といわれていたかも


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こちらの方は、佐和子さんが、TVの仕事、文筆仕事で阿川氏と別居生活をされ、
往復書簡として書かれたものですが、前書きで「自意識が確立する以前は別として、幼い頃から現在に至るまで、父に甘えた記憶はほとんどない、むしろ、父の前に出るときは、いつも、怒鳴られたくない、機嫌を損ねたくないと、それだけを祈って、ひたすら時の経つのを待っていた。」とは、書いていますが、それなりに歳を取り、阿川氏も歳をとって丸くなったのか、佐和子さんの「お父ちゃん、あのね」という声が聞こえます。

なお、この往復書簡については、阿川氏はー

「実言ふと、
『佐和子どの  父』
かう書くこと自体、すでに気羞しい。娘と父親、或いは息子と母親が、ある問題に関して手紙をやりとりして意見交換するなど、なんだか甘ったるい感じでー、極言すれば変態的且つ偽善的な感じでいやだ、さういふことやって、それでさまになる御家庭も、あるかも知れないが、少なくともうち向きじゃない。」とは書いていますが、ちゃんと父親らしい意見を展開しています。

「強父論」、「蛙の子は蛙の子」両方読まれると、この親子のあり方が分かります。本当は「蛙の子は蛙」というのですが、わざわざ「蛙の子は蛙の子」と書いたところをみると、なにか意味がありそうな。

佐和子さんの事を少し、TVに出たとき、「釧路湿原」を「釧路温泉」、「殺陣師(たてし)」を「さつじんし」、「素描」を「すねこ」、「秋雨前線(あきさめぜんせん)」を「しゅううぜんせん」と読んだそうですが、かわゆい佐和子さんだから、許しましょう。

なお、「強父論」は売れているらしく、先週アマゾンンに注文したら、発送が8月31日、しかも、単行本で1,404円、kindle版で1,099円。すぐ読めて、安いので、kindle版で購入をしました。 親子の在り方を考えさせられる本でしたが、決して、阿川弘之氏の真似はなさらぬよう。





2016年8月29日 (月)

「近藤ようこ」さん~気になるマンガ家

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「恋スル古事記」。良い題名ですね、マンガです。原作を以前から少し読みたくはあったのですが、近眼、老眼、乱視、疲れ目と字を追うのが苦痛で、「恋スル古事記」って名前に惹かれて買いましたが、近藤ようこさん、もちろん現代を描いた作品もありますが、近藤さんの本、買ってきた本を見ると、どんなわけか、ほとんど中世を中心にしたものばかり。

「恋スル古事記」は全編書いてあるわけではなく、「黄泉比良坂(イザナキとイザナミ)」(黄泉比良坂は「よもつひらさか」と読みます)、「オオムナジの冒険(オオムナジとスセリヒメ)」(オオムナジは大国主のこと)、「綿津見(わたつみ)の魚鱗(いろこ)宮(ヤマサチヒコとトヨタマヒメ)」、「稲城(いなき)の火(サホヒコとサホヒメ)」、「やまとをつぐな(ヤマトタケルとオトタチバナヒメ、ミズヒメ)」が収められています。

各々、「ちょこっと解説」なるコメントがあり、「イザナキ イザナミの名前には『いさなう』=誘うという意味があります、最初のカップルらしい名前ですね。二人は『みとのまぐわい』をしますが『みと』とは寝室のこと『まぐあい』は性交のことで結婚を意味します」など書いてあり、私も高校時代こんな風に分かりやすく授業をやってもらっていたら、もっと興味を持っていたのだと思うのであります。

「説経 小栗判官」は、五説経の一つで、「山椒大夫」も有名です。
「月影の御母」は、一人の少年が、実の母を捜し求めるというものです。ところで、母を捜すという物語は多いのですが、父を捜すという物語はあまりきかないような?父はどこにいったのでしょう。

「水鏡綺譚」は、狼に育てられ、立派な人間になるよう修行する少年と、盗賊にさらわれ記憶をなくした少女が一緒に苦難を受けながら旅をする話ですが、「誰にも評価をされず人気もなく、打ち切りになりました」というマンガですが、十二年後に完結編を描き出版されたそうです。

高橋留美子氏も「水鏡綺譚は、長年忘れがたい未完の物語であった。旅が終わった今、この物語は愛しい泉の如く、心にあり続ける」と絶賛をし、南伸坊氏も「私はどうも、こういう『けなげな少年少女』にものすごく弱いですね。」と書くように、まったく、「けなげな少年少女」の物語です。


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「桜の森の満開の下」は、原作が坂口安吾、近藤氏は「しかたがないので、わからないことを正直に安吾が書いている通りに描いた・・・」と書いています。

「猫の草紙」、「美しの首」は中世を舞台にしたもので、中世の文学というと何となく遠慮したくなりますが、なかなか楽しめました。


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「死者の書」は原作が折口信夫(おりくちしのぶ)、一回原作で読んだら、手ごたえがありすぎて・・・近藤ようこ氏の漫画で大体のことが分かったので、再度原作に挑戦です。

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現代の小説は、細部までいやというほど書き込んでいます。それはそれとして、中世文学のように、説明は最小で、楽しめる文学というより、物語もいいものだと思うのでありました。






2016年8月27日 (土)

「升金の倉」&「とっとっと食堂」&「銀水」~長崎県島原市

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今日は、いつもの島原のお医者さんの所に。ついでに、先日書いたポケモンGO、「大衆浴場跡」ではなく「馬場三治翁頌徳碑」でしたが、某氏へ聞いたところ、宮大工さんでお寺の建設もされ方だとか。で、「升金の倉」の方が良くご存じだという情報があり、行ってみました。
「大衆浴場」は下線のところ、なんとなく「公衆浴場」って感じですね。


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「升金の倉」ですが、もともとは島原藩の倉を130年ほど前、こちらに移し、客船の会社をやっていたとか、ここの所を詳しく知りたく、行ってみたのですが・・・・現在はカフェになっています。


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なんとなく、いや~な感じがしていたのですが、ピッタシカンカンで、お休みでした。棟札などにも姓名が書いてあり、これなど見たかったのですが、残念。
なお、「升金の倉」については→こちらをクリック


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で、暑くて喉も乾いていたので、すぐお隣の「とっとっと食堂」あたりで、アイスコーヒーでも、と思ったら・・・


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なんということか、こちらもお休み。運が悪い時は、悪いもので。
こちらも島原藩の米倉を改装したものです。


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せっかくなので、お隣にある、お稲荷さんに行きましたが説明版では、竹久夢二、与謝野鉄幹、北原白秋なども立ち寄ったとか。
賽銭箱の下に何か挟んであるので、一つ出してみたら、紙で作った舟でした。この地区、港がありますから漁師さんが作ったものだと思います。


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前にも紹介しましたが、ここは、勝海舟、坂本龍馬が上陸をし、長崎に向かったところです。が、地元の方によれば、もう少し上流ではなかったかと。

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ちゃんと、「島原街道・千々石道」の表示もあります。海舟、竜馬はこの道を通たのではない、という方がいますが、右が、勝海舟の日記がそのまま書いてあるものですが、「雲仙の嶽、噴出せしによるか、西洋に云うラアミ[溶岩]年を経るものならむ。」という文章が書いてあり、雲仙を越えていったことが分かり、それなら、千々石道を通ったということになります。


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さて、南島原駅が改装なったとかで、まだ見に行ってなかったので、寄り道しました。左が新駅舎、右が旧駅舎(以前撮った写真)。やはり、貫禄が違いますね。時計は、確か旧駅舎のものを使ったとか聞きましたが・・・

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さて、ここで思い出したのが、かんざらしで有名な「銀水」。一番上の写真。継ぐ人がなく、20年ぶりの復活だそうです。TVでも放映していました。

ちょいと寄ることにして、何十年ぶりですかね。駐車場からは少し歩きます。第一駐車場から80メートル程度、第二駐車場からはもう少しあるみたい。ご覧のような道を通りますから、銀水までは車は横づけできまでん。


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店の中、少し、しゃれた感じになったかな?ずいぶん昔寄ったので、よく覚えていません。
 

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左の絵、そういえばこんな感じで、おばあちゃんが、かんざらしを作っていました。右は、現在のカウンターですが、だし汁を冷やすタイル張りのところは、変わってないようです。


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駐車場は意外と空いてましたが、お店はほぼ満杯状態。もちろん、かんざらしを注文。お味ですか、自分でいって確かめてください。

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メニューに「ところてん」とあったので、千々石のところてんと、どう違うかご注文。こちらのところてんは、突き出しに工夫をしてあるのか、ところてんが少しギザギザして、いい口当たりでした。

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(付録)
ポケモンGOですが、左が島原市内のもの。ポケストップがたくさんあります。右が、愛野町から島原へいく、グリーンロードで写したもの。なんにもありません。


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こちらも、グリーンドーロで写したもの。何にありません。これでは、若者が流出するはず。で、どこら辺を走っているかナビで調べたら、海の上を走っていました。どうりで、潮風が心地良い。


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2016年8月25日 (木)

「めくってみれば・・・」~お地蔵さん祭★ぱーと3

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先日から、地蔵さん祭りのことばかり書いていますが、元来、8月24日に水神様に感謝をする祭りであったとか。前に書いたように、勤めなどの関係で、日にちを各地で調整しているみたいです。

ここは、名称として、「柳原水源」といって、小字が柳原となっていますから、ここから取った名称みたいですが、テントには「水分地蔵尊」などと書かれているのではありますが、明治の神社明細帳を調べると、どうも「出口(いでぐち)神社」と言っていたらしく、


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小字図を調べてみると、青の丸印が橘神社、茶色の丸印が第一小学校。小学校を出て、向かって少し右側に行くと、「柳原水源」がありますが、少し後ろ側、茶色の丸印が、柳原で、かなり微妙なところ。祭神は「弥津波能賣命(みづはのめのかみ)」で、水神様です。

ただ、このあたりの道は、昔は狭く、バスを通すにあたりかなり拡張したとか。
で、地区の境目も変わったことも考えられ、今日も某地区の境目の事を、近くのお店の方と話していると、道が境目だったが、いつのまにか変わってしまって、という事もあり、はたして、ここが昔は「出口」であったのか、「柳原」であったのか?


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昨日、通りかかるとお祭りをやっており、一番上の写真、赤の矢印のところ、一番上に梵字が彫ってあり、下の方は前掛けがしてあって、どんなになっているのか分かりません。

で、隠れているものは見たい。でしょう。ペロンと出ているものなら、そんなにも興味はありませんが、とにかく、隠れているものはどうしても見たい。スカートまくりと一緒ですね。

最近は、勝手にめくっていると、セクハラとか、ストーカーとか言われますが、通りかかった時が、ちょうど片付けているところで、さりげなく、「めくってもいいですか?」、「ああ、いいですよ」。という事で、めくってみたら、


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むかって左側が左の写真になりますが、梵語はこの間書いた通り「カ」。「地蔵菩薩」をあらわすという事で、下の方にちゃんと「地蔵菩薩」と書いてあります。

右側には「天明六丙(ひのえ)午」(1786年)、左側に「十二月吉日」。230年前になります。

石祠が文化10年(1813年)ですから、それより27年前になります。地蔵菩薩というと、人の形をしている思っていたら、このような形のお地蔵さんもあるのですね。初めて見ました。

なお、この横の道は、伊能忠敬一行が、文化9年(1812年)11月11日に、島原から、千々石まで一日で測量をし、宮崎庄屋に宿泊していますから、この湧き水も見ていったと思われます。飲んでいったかどうかは分かりませんが・・・





2016年8月24日 (水)

盆明けの「週刊誌」

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お盆で休んでいた週刊誌、月曜日に出ていて、昨日はお寺に法話を聴きに行ったりで、やっと今日読み終わりました、「盆明けの『週刊誌』」

■「『本当は女性政治家は大嫌いだ』という卑怯な本音」

「都知事になった途端、”現実路線”にアクロバティック旋回の小池百合子」、「批判した相手にすり寄るのも、古巣をこき降ろすのも平気な丸川珠代」、「”信念をカンタンに曲げられる稲田明美、みなさん流石です。もう、尊敬します」。要するに男がしっかりしないからです。ただ、それだけ。

■「九十歳。何がめでたい」~佐藤愛子著

本のPRで、「御年九二歳、もはや満身創痍。ヘトヘトでしぼり出した怒りの書」、「人間は『のんびりしましょう』なんて考えはダメだということが、九十を過ぎてよくわかりました」ということで、この本、買ってよんでみようかな。

■「ああ、弁護士はツライよ」

弁護士って言ったら、高額収入かと思っていたら、「日弁連がまとめた『弁護士白書2015年版』」によると、06年に1200万だった弁護士の年収は600万と半減。電気メーカーの平均年収より730万より下だ。・・・」ということで、いろいろ事情があるようですが、「学生よ、弁護士だけはやめておけ」ということで、若いお嬢さんも、弁護士さんには近づかないように。

■「警察官の階級」

よく、TVで警察を放送していますが、警視やら警部やら警部補やら階級がよくわかりません。下を参考にTVを楽しみましょう。なお、「太陽にほえろ!」に出て、殉職シーンが感動的だった故・松田優作氏、一番下っ端の巡査です。

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■「医者・看護婦・薬剤師は実はよく知っているよけいに悪くなる『薬と手術』」

「週刊現代」、だんだんエスカレートして、「国民的大反響第11弾」。
「医師が考える『飲み続けてはいけない薬』」が70種類。「医者が考える『やってはいけない手術』」が51種類。ほかにも書いてありますが、全部は書ききれないので、立ち読みでもしてください。

■「金があるかないかでここまで差がつく「死に方」格差」

地獄の沙汰も金次第と言いますが、この世の沙汰も金次第みたいで、「待機児童」が問題になっていますが、特養に入れない「待機老人」も増えているとか。
「病院→老健→別の老健→グループホーム・・・・『月15万円』を払えない人たちは死に場所すら満足に見つけられない」
「医者に勧められてもやってはいけない死ぬより辛い『延命措置』」
「本気で考えてみた『あの世』の大研究」。これ、昨日のお寺の法話でも出た話題です。まあ、今まで死ななかった人間はいないので、各自で死後は考えましょう。

■「故九重親方の葬儀が緊迫『協会の人間の席も花もない』」

「ウルフ」の愛称で親しまれた千代の富士ですが、「14年の理事選で落選した後は、協会の主流派から異例の”ヒラ委員への三段階降格”という仕打ちを受けた。ご遺族は相当な無念があったのでしょう」ということで、葬儀の席で相撲協会の方で、椅子が用意されたのは八角親方のみで、「夫人が協会関係者からの献花はすべて断った」そうです。

■「SMAP解散騒動の香取が捨てた『キムタクの財布』」
■「これを読んだら全部わかる・ドキュメント『SMAP解散』」

修復できないところまできたようです。香取氏が小学校のとき、木村氏が財布をプレゼントし、25年以上使っていたそうですが、今年1月の時点で使わなくなったそうです。とくに、この二人の反目が大きいようですが・・・

■「江戸町火消いろは47組の実在した組はどれ!?」

PRです。「第11回江戸歴史検定 江戸検」。試験日が11月3日。1級、2級、3級のテストで、会場が東京・名古屋・大阪。申し込み期限が9月27日です。長崎会場はないので、シカト。ちなみにわたくしは、全国亭主関白協会5級、囲碁は以前やてって9級、口三味線は5段です。

■「『へえ~、そうなの』~石川啄木の趣味は官能小説の筆写だった」

石川啄木の「ローマ字日記」。かなり際どいことが書いてあるということで、ひと月ほど前買いましたが、まだ、読んでいません。そのうちご紹介を。
なお、ローマ字で書いた理由が、愛している妻に読ませたくなかったからだ、ということだそうですが、妻・節子さんは外国人に英語を習い、小学校で代用教員をしており、ローマ字は読めたはず、ですが、「オレが死んだら日記は必ず焼いてくれ」と伝えていたそうです。が、「・・・日記を公刊できる状態にしたのは、夫の奔放さに生涯悩まされた節子の、ささやかな仕返しだったのか。」ということで、お父さん変な日記は残さないように、自分で処理しておきましょう。

■「70年代名作ポルノ『完全無修正』動画がスマホでみられる!」

ということですが、いつも見ているので、完全スルー。

■「死ぬまでSEX」シリーズ「美熟女大学 ○の夏期講習」

「1時限目 ○情」、「2時限目 OKサイン」、「3時限目 ○戯・○感帯」、「4時限目 ○入・○位」、ですが、なんとなく記事が薄くなってきているみたい。夏バテですか?

■「グラビア」ですが、お毛毛がひらひら舞っております。






2016年8月23日 (火)

「本願寺伝道院法話会」

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最近、樹木葬とか散骨とか流行っているそうで、金がある方は、ロケットでお骨(といってもごく少量)を宇宙に打ち上げる商売も出てきたそうです。私も若い時はほぼ無宗教と言ってよく、福岡の中洲の川あたりに、散骨してもらえないかと思っていたのですが、年取ってくると、だんだん考え方が変わってきて、これでいいんだろうかと。

事情があり、長崎のお寺から、こちらの方へ墓を移し、ついでに、こちらの寺の檀家になったのですが、春・秋の彼岸等の時、あちらこちらから講師を招き法座などを行い、聴きに行くといいお話が聴け、できるだけ行くようにしております。

今回、お寺より「本願寺伝道院法話会」なるチラシが回ってきて、初めて聞く名前なので、読んでみると、本願寺に伝道院という所があり、浄土真宗の教えを伝えるため、4月から9月の100日間全寮制で研修をおこない、布教使としての養成をはかり、その一環として、全国のお寺を回って、布教(説教)の実演をしているとか。

お寺さんも初めて引き受けるとかで、話を聞く人が少なくてはどうかなと思い、ちょうど今日はヒマ(病院へ行くとき以外は、いつもヒマ)なので、出かけてみると、暑さにもかかわらず、本堂は満席。

最初に30分程度、「正信偈」を唱えましたが、あれ、指揮者もいないのに意外と合うもので、なんとなく、「グレゴリアン・チャント」の響きを思い出しましたが・・・

あと、研修生の法話が2名、一人が15分の受け持ちですが、その前に、お寺の方より注意があり、私も研修でお話をしたことがありますが、慣れないこととて、非常に緊張し、お聞きしている方が黙って聞いていると、なおさら緊張するので、分っても分からなくても、できれば相槌をいただければ、と。

横道にそれれば、私も以前、あちらこちらで喋る商売(催眠商法ではありません)をしていたことがあり、特に、老人クラブの方など、なにを若僧がと、そっぽを向かれる方があり、これ、ほとんど男性。逆に、何を言ってもうなずいて、笑われる方がおられ、これ、ほとんど女性。

この時、あ~女性のほうが長生きできるのが当たり前だと思ったのであります。笑う健康法もあり、うなずいて首を動かすと、血行が良くなります。ですから、皆さんも、分かっても分からなくても、笑ってうなずきながらお話は聞きましょう。

さて、研修生が3名で、順番に2名ずつ話すとか。両方とも30代前後だと思いますが、お一人が女性で、以前、病院でリハビリの仕事をされ、その時の体験から阿弥陀様のお話をされ、もうひと方は男性で、尊敬していた従兄が交通事故で亡くなられたことから、仏様の話をされましたが緊張していたせいか、少し固さは感じられましたが、ご自分の体験からの話で、なかなか、説得力のある話でした。15分は少し短いかなという感じ。

その後、指導講師のお話がありましたが、さすが、というところでした。「病気と薬はどちらが先か」、「医者と病気はどちらが先か」。「私たちがいるから、阿弥陀様がおられる」と、分かりやすい例えですね。

下の写真は、研修生の方ですが、私より美男と美女だったので、お顔のほうはカットしました。


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他のお寺でも話をしていたところ、最近では少子化のせいか、無縁墓などが多くなり、墓の管理なども支障をきたしているとか。また、若い人が、お寺離れをして維持もだんだん難しくなってきているとか。

親鸞さんの教えは、なかなか難しいところがありますが、何回もお話を聴けば薄皮が取れるみたいに、少しづつ理解できてきます。

最近「親鸞」を書かれた、五木寛之氏も佛教関係の大学院に通われたそうですですが、こちらの研修生は、5時半起床、お勤め、勉強、宿題で、睡眠時間が、3、4時間ぐらいだとかで、体力の関係から、45歳までしか研修生にはなれないそうです。皆様も機会があったら、ご聴聞を。





2016年8月22日 (月)

「地蔵さん祭り」★ぱーと2

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先日、地蔵さん祭の事を書いたばかりだったのですが、昨日、年甲斐もなく、ポケモンGOのポケストップを捜していると、地蔵さん祭りの幟が、またもやあちらこちらに立っており、聞くと昔は日にちが決まっていたのが、今は勤め人等が多くなり、自治会の状況によって、日にちをずらし、休日にするところもあるとか。いつもは、赤丸のところにも鎮座されているのですが、今日は、会場に移されていました。

で、町内を回ってみると、三自治会ほど、お地蔵さん祭りをやっており、写真を撮ってきましたので、ぱーと2ということで、写真を貼っておきますので、ゆっくりご鑑賞を。

いつもは外で、皆さんのことを見守っているお地蔵さんですが、今日は、主役で晴れがましいお姿です。塩屋、中島、上町の各自治会です。


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どこを見ても、お供えがいっぱいで、「まだ、鯛がきとらんばってん」と。このお酒とか、ピールのお供え物の多いこと、で、公民館の中を見たら、

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美熟女の方で、お料理の途中。はやり祭りというと、みんなで料理を作ったり、おしゃべりしたり、飲んだりということが一つの楽しみのようで・・・

海岸の近くの自治会では、農器具屋さんが修理をしたり、テントを覗くと、こちら
は海の近くなのか、男の方が魚料理中でした。


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さすがに、いい手つき。

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お地蔵さまにも、とげぬき地蔵とか、いぼ取り地蔵とかあるのですが、本日は水に関係するお地蔵さまのお祭りのようでした。

でもって、お地蔵様を三か所もお参りしたご利益なのか、帰りがけ、初めて、ピカチュウをゲットしました。でもまあ、田舎ではポケストップが少ないとか、ポケモンの出現が少ないとか、レアものが出ないとか不満が出ているようですが、本当ですね。今後、自治体と組んで、観光PRに使おうかという動きもあるようで、期待したいものです。


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2016年8月20日 (土)

「ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう~介護げなげな話」~岡野雄一著

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「ペコロスの母に会いに行く」、「ペコロスの母の玉手箱」、「ペコロスの母の贈り物」、「みつえばあちゃんとボク」。以前紹介しましたが、今日新刊が出ていたので買ってきました。いつものように、涙なくては笑えません。イラストとエッセイの本です。

昔は、ボケても、病気になっても、ほとんど自宅で息を引き取っていました。ウチの祖母(祖父は生まれる前に亡くなっていたので、写真以外顔も知りません)も半年ばかり家で寝込み、亡くなりましたが、小学生の目からみても、母の大変さは分かりました。

現在は病気の時は病院、ボケても、ケアハウス、グループホーム等あり、私の両親もケアハウスにお世話になりました。

前にも週刊誌の記事で紹介したように、介護疲れで悲しいことが起こっていますが、ペコロスさんは最後のほうに、「プチ親不孝」について、自分の経験から、介護について書いています。

「24時間親孝行はできない」、「アンテナを立てる」、「施設に預けることについて」、「親の年金は、『天からの送金』」、「親不孝の時間を持とう」。

岡野さんのお母さんは胃ろう手術をされたそうですが、「もしかしたらすごく親不孝なことをしているんじゃないかと思いました。」ということですが、詩人でお父さんの介護をされた、伊藤比呂美さんから、「いいんですよ、それでお母さんは岡野さんのメシのタネなんだから」と言ってくれたのが、ものすごくありがたかったそうですが、「『引きずるのが当たり前』だと、素晴らしい選択なんてあるはずがない、後ろめたさやいろんな引きずりがあってこその介護だ、みたいな言い方をしてくれた」ということですが、私も、父が亡くなるとき「延命措置をしますか」と言われ、以前から苦しんでいたので、これ以上無理だと思い断りましたが、3年ばかりたっても、「親不孝をしたんじゃないか」と「引きずって」いますが、この本を読んで、少しは心が楽になりました。

自分が介護する、あるいは介護される年代になる。お互いに大変です。「介護倒れ」にならないヒントが、この本にたくさん書いてあるので、「介護」に悩んでいる方、考えている方、是非参考に読んでみてくだい。介護にこんな考えもあるのかと、なんとなく肩の力が抜けてきます。






2016年8月19日 (金)

ピンチヒッター「週刊新潮」・「週刊文春」

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今日、本屋さんに行くといつもの「ポスト」と「現代」が、お盆休みのためか休刊で、上の2誌が並んでいたので、「ピンチヒッター『週刊新潮』・『週刊文春』」


■「SMAP」解散の魑魅魍魎
■「覆水盆にSMAP」「SMAP解散『僕たちは15年前に壊れていた』」

「SMAP」というと、私よりいい男ばかりなので、あまり取り上げたくないのですが、全国民の社会現象ですから・・・・
兎に角(とにかく)、二転三転しましたが、結局今年一杯で解散になりそうです。ではなく、「なります」。
「15年前」というと、木村拓哉と工藤静香の結婚で、「結婚を機に、木村は変わったそれまで盤石の信頼を築いてきた飯島氏(マネージャー)との間に、ぎこちない空気が漂いはじめ、仕事より家族を優先する木村と、他のメンバーの関係性にも大きな隔たりが生じてしまった。」ということらしいのですが、5名とも所属は、ジャニーズ事務所のままで、「『オーナー家』に冷遇されれば『香取・稲垣・草彅
』の断崖絶壁」ということで、第2幕がありそうな?

■「小池百合子が切り込む都議会ドン『疑惑の核心』」

「築地移転の旗振り役 江東区長は側近で息子も自民都議」、「1件10万円で50人を名門中に裏口させたドン内田」、「小池特別秘書は大日本帝国憲法復活論者で猪木と金銭トラブル」
叩けばあちらこちらホコリが出るようで、盆も終わり本格的に都議会対小池都知事の攻防戦が見られそうで、傍観者としては興味津々(しんしん)。


■「尖閣に漁船、公船を繰り出す習近平の焦燥」

尖閣諸島に漁船、公船がウロウロしているとか。これには、ハーグ仲裁裁判所が南シナ海での中国の領有権に関する主張を全面的に退けた影響、世界情勢関係もあるようですが、漁船の衝突事件が起こり、救助したのが海上保安庁。中国内でも批判があるようです。
インドネシアでは不法操業も多いらしく、違反が確定した船、18隻を爆破し、そのうち1隻が中国の船。ただし、捕獲した20隻以上は爆破せず、議会からは「弱腰」と言われているそうですが、さて、日本では・・・

■「『内村航平』の着地がきまらない『美人妻』と実母の嫁姑問題」
■「『ムスコを嫁に取られて』内村航平 祖母が明かす嫁姑問題」

金メダルの内村航平さんも、競技を離れれば普通の人みたいで、なんとなくホッとしますが、競技に影響がなければいいのですが。

■「ティファニー一揃い100万円!『福原愛』これじゃ勝てない!」
■「福原愛ティファニー 50万円ネックレスは彼氏のプレゼント?」

ネックレスが50万程度、イエローゴールドのピアスが7万弱、ブレスレットが約45万か50万。記者のみなさん、よく見てご存じだこと。
我々の時は、女子の競技者がネックレスを付けていただけで、「らしくない」と思っていましたが、今やどの女子選手(競技によって違います、レスリングなどでは、ネックレスなどはつけられません)も、アクセサリーをつけています。時代は変わっているのです。


■「藤原雅彦の 管見妄語 打たれ強い人」

藤原氏は、作家・新田次郎氏の息子。小さいときは親から叱られ、中高のサッカー部で試合に負けたとき、なぜか叱られるのは藤原氏ばかり。
「それに結婚後は毎日、女房に一挙手一投足を叱られている。私への反撃も容赦ない。『家、学校、サッカー部では叱られ役として貴重な存在だった』と言うと、『あなたが家でも学校でもワルで、サッカーも下手だったというだけのこと。美化しないで』と言う。『お前は性格が悪い』と攻めると『あなたは人格が低い』」と言い返す。何を言っても倍返しだ。私がめったにテレビに出ないのは女房が「あなたの顔をじっと見ていると具合が悪くなる」と言うからだ。」
新田次郎氏の息子さんにして、この状況。ウチとあまり変わりません。藤原氏、河合栄次郎氏「学生に与ふ」の文章を引用し、「他人の批評なるものは、何人に対しても起こるものではない。何らかの存在価値があり、その存在を無視しえない人物にたいしてのみ起こる。」と言うことで、奥様に叱られている方、自信を持って生きていきましょう。

■「”減塩の切り札”(高血圧・糖尿病・認知症予防に!)乳和食レシピ」

塩分の取りすぎは健康に悪いといわれています。ただ、塩分が少ないと、味が落ちてしまいます。そこで、「和食と牛乳をコラボさせた」のが「乳和食」。
「『乳和食』の作り方は至ってシンプルで、料理で使う出し汁や、水を牛乳と置き換えるだけでよい。」というもの。味噌汁などに入れても、良いお味だそうです。考えれば、千々石にあったチャンポン屋さん、「特製チャンポン」を頼むと、だし汁に牛乳が入っていて、あれは美味しかった。

■「『危険な手術』はこう断れ」

群馬大学医学部付属病院の杜撰(ずさん)な手術が問題になりました。大学の病院というと、最新の機材、優秀な人材がそろっているのですが・・・「こんな医師の手術は断れ!」ということで5点ばかり書いてあるので。

①合併症率や死亡率などの具体的な数字でリスクを提示せず、手術の安全性ばかり強調する場合
②手術の難易度について説明せず、あたかも簡単かのように強調して説明する場合
③手術を受けるかどうか考える時間を患者に与えず、急がすように手術に誘導する場合
④手術しないという選択肢を示さず、「手術ありき」で説明してきた場合
⑤他の医師のセカンドオピニオンを聞きたいと申し出たら、機嫌を損ねてしまった場合

■「甲子園から女子マネを締め出した高野連と朝日の人権意識」

ご存知のように、甲子園でノックのボールを渡していたのが、女性マネージャーで、「女性」だからということで退場させられました。
昔、女性マラソンが実施されると聞いたときは、とても無理と思ったものですが、いまや、ラグビー、サッカー、レスリングなんでもありで、時代は変わっているのです。それがわからない高野連、朝日、古いな。


■「テレビ健康診断~花森安治のオカッパこそ再現してほしいのだが」

あ~、やはり同じことを考える方がいるもんで、「とと姉ちゃん」は「暮らしの手帖」をモデルにしたもので、「暮らしの手帖」といえば、編集長の花森安治さん。独特のオカッパ頭とスカート姿が有名でした。スカート姿は一回出てきましたが、はやりあの姿、ドラマでも見たいものです。
なお、片桐はいりさんのところにオファーが来た時、てっきり、花森安治さんの役ではなかったかと思ったそうです。はいりさんなら、似合いそうな。


この2冊、例によって色気物はありません。ご了解のほどを m(_ _)m






2016年8月18日 (木)

「人生で大切なたったひとつのこと」ジョージ・ソーンダーズ著★外山滋比古・佐藤由紀訳~軽くて重い本

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わずか150グラム、63ページの本ですが、中身は重くて深い本です。

この本は、2013年5月12日、ニューヨーク州の名門校 、シラキュース大学教養学部の卒業式で、ジョーン・ソーンダーズ氏がおこなったスピーチだそうで、「20分の原稿を用意していたが、卒業式の2日前に8分間」と聞かされたそうです。

卒業式のスピーチなど覚えている方は少くないと思いますが、このスピーチは、「卒業式から三ヶ月後の七月二十一日、ニューヨーク・タイムズ紙のウェッブサイトにスピーチ原稿が掲載されると、たちまちアクセス数が百万を越え、世界中で反響を巻き起こします。」という事で、中は原文の英語と日本語の訳文からなっています。

著者は最初の方で、「さて、としよりとつきあっていいこと、といえば、おカネを借りることや、ダンスのひとつも踊らせて、それを見て笑いとばすことくらいでしょう。実は、あなたがたの役に立つことがもうひとつあります。『人生を振り返ってあなたが後悔していることは何ですか?』とたずねることです。・・・」

著者はここで、エレンという女の子の事を書いています(内容は読んでください)。別段いじめをしたという事ではないのですが、「わたしが人生でもっとも後悔しているのは、『やさしさがたりなかった』ということです。」と書いていますが、どうして、人生でもっとも後悔しているのか、各自、読み方で違ってくるとは思いますが。

次の質問、「そこで、百万ドルの値打ちがある質問です。問題は何か?わたしたちは、どうしてもっとやさしいひとになれないのでしょうか?」

もう一つ、「そこで、ふたつめの百万ドルの質問です。わたしたちはどうすればいいのか?どうすれば、もっと愛情があって、もっと心を開いて、いまより自分勝手ではなく、いま起きていることをもっと意識して、いまより非現実的でない、などなどの・・・人になれるのでしょうか?」

著者は、「やさしさ」ということを中心に話を進めますが、やさしくなれる事の困難、やさしさの素晴らしさ、どうしたらやさしくなれるかなどのヒントを提示していますが、理解するには一筋縄ではではいかず、「おわりに」で、外山滋比古氏も次のように書いています。

「この本を最初に読んだとき、はじめの部分がよくわからなかった。ことばは分かっても心が伝わらない。後半になるとずっとわかりがよくなるが、なお、はっきりしないところがある。あわてて、もう一度、読み返してみるとよくわかる。こちらの読み方のせいばかりでなく、この本はもともと二度よまれることをのぞんでいるのかもしれない。
 古来、詩歌は、一度だけではなく二度読まれることを前提にしているようである。和歌の披講で二度、読み上げられるのは偶然ではない。すぐれた表現は再読をもとめる。」

私も三度ばかり読み返しているのですが、まだ十分理解できたとはいえず、まあ、このような本を置いて時々読み返し、少しずつでも分かればと思っています。理解できたところは、自分が進歩したと思いながら・・・・

«「お地蔵さん★地蔵さん祭」~雲仙市千々石町

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